もう何年も貰っていない、シンタローからのチョコレート。

手作りじゃなくっても、
マーブルチョコ一粒でも、チョコレートが欲しかった。

甘い、幸せが欲しかった。






Criminal fruits.






個人的な私の呼び出しには応じないから、
シンタロー直属の上司に呼び出しを命じたおかげで、
自由時間となる夜に部屋で待っていてくれた。

部屋の灯りは点けられておらず、
音を絞ったテレビの灯りが、ぼんやりとシンタローの顔を照らしている。



「シンちゃん、待たせてごめんね」

かけた声に、返事はない。
いつもなら開口一番に、呼び出すな、と怒られるものを。

口を聞くのも嫌なほどに怒っているのだろうか。

「シンちゃん?」

テレビを遮るように立てば、ゆlっくりと視線が上げられる。
そこに怒りはない。

そんな安堵も束の間に、酷く冷たい声が紡がれる。

「何のようだ?」

何処までも冷たいその声は、からかうことが憚られる。

「いや、渡したいものがあってね」

言いながら、昼に作ったチョコレートを差し出す。
けれど、
シンタローはそれに一瞥をくれただけで受け取ってはくれない。

「今日は、バレンタインだよ」

じっと見上げてくる目は、声のように冷たくはないが無機質で不安にさせられる。


「受け取ってよ」

「…いらねぇ」

「どうして?」

「別に」

ふいに逸らされた視線の先のテレビを見れば、
今になってニュースが流れていたことに気づく。

そして、その内容を理解する。



「これが原因?」

視線をそのままに問うても、答えはない。
ただ、同じ映像を見ている。

戦火の中を、逃げ惑う人間。
空にも地にも、ガンマ団の旗が揺らめいている。

それは、今日の出来事。
極小さな国が消えた些細なことにすぎない。

「私は、言ったよね。
 団と関わるな、と。
 それなのに、
 忠告も聞き入れず団に入ったのはお前なのに、今更後悔するの?」

振り返りシンタローを見つめれば、
ぐっと耐えるように拳を握り締め俯いていた。

「お前に、私を非難する権利はないんだよ」

そんな言葉を吐き出しながら、権利があることも知っている。
心優しかったこの子どもが、
自分の父親の仕事がなんであるかを知った時の顔が忘れられない。

絶望の中、
否定して欲しいと目だけが必死に訴えていた。

そんな顔は、見たくなかった。
させたくもなかった。

初めて、自分が選んだ道を後悔した。




深く深くうな垂れたままのシンタローの手に、ラッピングした箱を置いた。
シンタローは振り払うことなく、それを手にしたまま。

シンタローからのチョコレートが欲しいと思ったけれど、
今はただ受け取ってもらえるだけでよかった。

見放されたら、
見捨てられたら、きっと生きてはいけない。





沈黙が重苦しくて、逃げるように背を向ける。
後ろでシンタローが動く気配がしたが、
手渡した箱を返されることが怖くて気づかないふりで足を進める。

けれど、それを呼び止める声。

「待てよ」

振り返れば、恐れていたことは怒らなかった。
箱はまだ、俯いたままの視線の先――シンタローの手の中にある。

「アンタ、欲しい?」

「…欲しいよ」

一粒でも、その欠片でも。
お前の気持ちが僅かでもそこにあるのなら。

「じゃあ、やるよ」

言って、投げられたのはチョコレートではなかった。
テーブルに置かれていた、フルーツが入った籠の中のひとつ。

手の中におさまったそれを見て、
またシンタローを見れば、無機質なままの目と視線が合う。

そして、笑う。

「お似合いだろ?」

「…そうだね」

それだけを言うしかできなくて、逃げるように再び背を向けた。
シンタローは、もう止めなかった。




自分の部屋だと言うのに外に出て、
扉に背を預けたままずるずると座り込んだ。

欲しいとは言ったけど、
こんなものが欲しかったんじゃないよ。

私が欲しかったのは、
甘く、幸せなモノだよ。

チョコレートじゃなくても、よかった。
関係のない、フルーツ籠の中にあったオレンジでも葡萄でも。


けれど今、手の中にあるのは林檎。
――罪の象徴だった。






06.02.13 Back    直後のマジ+ティラSS。