お前の髪はキレイだね、そう言われ続けてきた。
そんな髪を引っ張る。







Black.







少し長めの髪は、自分でも納得するほどに艶やかな漆黒。
マジックの言うように、キレイ、だとは思わないが、別に嫌いでもない。
それ以前に、興味などなかった。

が、士官学校に上がり、いろんなヤツを知った。

或る日突然に髪の色が違っていた、なんてことは、珍しいことでもなかった。


服装に関しては厳しいが、髪の色については規則はない。
様々な人種が混じっている学校なのだから、言ったところで始まらないからだ。

規則ばかりの学校で、
唯一自己主張…と言えるのか知らないが…ができるものは、髪の色だけ。

だから同じ黒髪だった人間が、いきなり赤や金に変ったところで驚かない。
逆に赤や金の髪が、黒髪になったところで驚かない。

ただ、そんな色彩もあるのだ、と知るだけだ。



そして、改めて自分の髪を引っ張る。
光さえ通さぬ漆黒の髪。

そして、マジックの髪を思い出す。
光を受け止めより輝きを増す金の髪。


憧れない、と言ったら嘘になる。
――だから、愚かしくも今こんなモノを手にしているのだ。


握り締めたままだった箱は、側面が凹んでいた。




「黒い髪は、嫌い?」

突然かけられた言葉に驚き、手に持っていた箱を落とした。
反射的に振り返るだけが精一杯で、拾うことはできなかった。
見られたくなどなかったのに。

そんな心境を知ってか知らずか、マジックはその箱を拾い苦笑する。
そして、同じ言葉を投げかける。

「お前は、黒い髪が嫌い?」

「……別…に」

からからに乾いた喉に気づかない振りをし、声を絞り出す。

「…そう」

マジックは少し笑い、箱を手渡してきた。
それを何とか受け取る。

「色を変えたいんだったら、変えていいよ。
 でも折角キレイな髪なんだから、その辺で買ったモノを使うのは止めなさい。
 ちゃんと美容師にやってもらいなさい」

それだけ言って、マジックが背を向ける。



もっと、何か言われるかと思っていた。
アレだけ、馬鹿みたいに固執していたのだから。

それなのに、この対応は何だ?
違和感を感じる。
不安を、感じる。

気づけば、呼び止めていた。
振り向くマジックに、問う。




「…アンタは、何がキレイだと言ったんだ?
 髪自体?それとも…色?」

問いかけの言葉に、マジックは笑った。
それでは答えにならない、と言い募ろうとすれば、言葉をくれた。

「お前の存在が、キレイなんだよ。
 だから、髪もキレイなんだよ」


それは、誤魔化しに似ていた
それでは、答えになっていない。
知りたい答えではない。

そう言いたいのに、言葉は喉に引っかかって出てはくれなかった。
そんな俺を見てマジックはまた少しだけ笑って、出て行った。


いつもなら出て行けと言ったところで出て行かないくせに、
言葉を濁した上に、マジックは出て行った。

その違いが、気持ちを澱ませる。


行き場のない気持ちが体内に留まることから逃れるように手を握り締めれば、
ぐしゃりと小さな音を立て、マジックに手渡されたままだった箱が完全に凹んだ。

それを眺め投げ捨てれば、
耳障りな音をたてて窓ガラスを割って、何処かに消えた。



苛々する。
あれだけデカい音がなったのに、マジックが来ない。
マジックに振り回される自分にも、苛々する。

それなのに、更に自分は苛立ちが増すことを決意していた。





髪の色は、変えない。
絶対に変えない。

そして、伸ばす。
マジックが、俺から一瞬でも目を逸らすことがもう二度とないよう。


何とも思っていなかった髪が、マジックへの執着へと変った。






04.12.08 Back    Side.M