言葉にして伝えたら、証拠になってしまう気がして恐い。
逃げられなくなる気がして、恐い。
だから言葉では伝えない。
でも、そばにいる限り伝えたくなってしまう。
だから俺は少年に触れた。






But We wish and yet (the view of 'K')






「アンタ、言ってる事とやってる事がめちゃくちゃだ」


サスケはそう言って腕を突っ張って、俺の中から逃れようとした。
しん、と静まり返っていた部屋の中の空気が急に動く。
その原因を作った目の前の華奢な腕の緊張が、愛しい。
でも、それを愛しいと思った自分が腹立たしい。
俺は自分に苦笑せざるを得ない。


「俺、お前に何か言ったっけ?」


吐き出した台詞の冷たさとは裏腹に、少年を掴んだ指に力を入れて
再び引き寄せる。サスケはビクリと一瞬震えた。

子供の体温は高い。あったかくて気持ちが良い。でも、それを気持ち良いと
思った自分が気持ち悪い。。。そう、いつもこうだ。
好きだと思えば思うほど、相反する気持ちが生まれる。
相手を愛しいと思えば思うほど、なぜか自分が嫌いになる。

恋愛って、こんなに自分を嫌いになって行くものじゃないハズなんだけどな。
あ、コレは恋愛じゃないのかもしれない。じゃあ何だろう?
父性、同情、憐憫、成り行き、錯覚、過ち、、うーん、その全てであるような
気もするし、全然違うもののような気もする。とにかく、
言葉で定義するのは不可能だ。だから俺はサスケに何も言わない。
サスケが俺に発言と行動の不一致を問うたのは、
台詞そのままの意味ではなく、肝心な事を何も言わないのに
何故自分と時間を過ごし、自分に触れるのか?という意味だ。
その意図を理解していながらも、俺は黙って行為を続けようとする。
そんな俺の態度に、諦めなのか苛立ちなのかよくわからない色の
吐息を僅かに吐く少年。


「。。。。アンタは、何も言わない」

「そうかもね」

「。。。。。。。」

「。。。。言葉が欲しいの?」

「!。。。。。らねぇ」

「あ、そ」


核心から逃げ回る薄っぺらい会話が途切れたら、すかさず肌を密着させる。
相手の体温が自分に直に伝わった瞬間に、これからする事への罪悪感と
甘い陶酔と期待と幸福と絶望が、じんわりとお互いを包む空気の中に
充満した。甘くて苦しくてもどかしい。僕らの関係に甘さなんていうものは
存在し得ないはずなのに、体温とその伝導は持ち主達の葛藤を容易く裏切る。
サスケは息を詰めていた。
この甘ったるい空気を吸うのが苦しいからだろう。吸って苦しくなるぐらいなら
いっそ始めから吸わない。そういう選択をするサスケの潔さが好きだ。
そして、また一つ、サスケを愛しいと思う点を発見してしまった自分に嫌悪。


息を吸わないでいるつもりなら、ちょうど良い。君にキスをしよう。
顎を捕まえる、君が身構える、君は抵抗しようかどうしようか一瞬迷う、
無理だと諦める、諦めた気まずさに目線を右斜め下45度ぐらいに下げる、
そして眉根を寄せながらも近づく俺の気配に少しだけ酔う、その瞬間の
自己嫌悪と戸惑いが入り混じった眉間が、ものすごく色っぽくて、
俺の身体の内側は、ジン、と熱くなった。




こうやって触れ合ってしまったから、僕と君との関係は、
ますます言葉で定義できなくなってしまった。




言葉を発する暇もないほど、口内を執拗に攻めたてる。ふっ、ふっ、と漏れる
息遣いが嬉しくて、可愛くて、もうなんだかどうしようもない気持ちになって、
逃げ回る舌を食べてしまいたい。衝動のままに舌を噛んだら、
君は身動きが取れなくなって、ジタバタ暴れ出す。暴れ出した君の足が
床に散らばっていた忍術書を蹴飛ばして、君はその感触に一瞬我に帰る。
その瞬間、君の目が最中の蕩けた目ではなくて、いつもの眼光を少し
取り戻しているように見えて、俺の脳も現実に引き戻された。
そうだ、さっきまで、俺が君の腕を取るまで、君は君が蹴飛ばした
それを夢中になって読み耽っていた。――それが君の現実。


今この瞬間、君の脳裏には、さっきまで頭に必死に詰め込もうとしていた
術の印の並びと君の愛しい兄さんの顔が浮かんでいる事だろう。


脳味噌が現実に支配されて暴れる事も忘れ、
サスケはそのまま動かなくなった。
仕方が無いからあっさり舌を解放してやる。
その後は、気持ちを込めずに唇をくっ付け続けるだけ。
唇に乗った唾液の温度は急速に冷えて、とても白々しかった。



立ちはだかるものとしての、現実。
サスケを好きになるのと同時に俺が自分のことを嫌いになるのは、
それのせいだ。

サスケを愛しいと思う。でもサスケは男だ、子供だ、生徒だ、
いずれ俺の元を去る、俺に属さない、なら誰に属している?
そんなのイタチに決まってるじゃないの、そう解っていながら
それでも目の前の少年が気になって仕方が無い自分に辟易して
呆れて自己嫌悪して落ち込んで、凹む。
サスケに惹かれ自分を嫌うこのサイクル。救いが無い。
俺はなんて愚かなんだ。
現実問題、子供で男で過去が滅茶苦茶なサスケとの関係を続けるなら、
俺はコイツを全面的に守らなきゃならない。でも俺にはわかっている、
俺はサスケを全面的に守ってやろうなんていう決意を固められやしない。
そうやって、全面的に引き受けてやる決意を持てないくせに、それが
解っているくせに、サスケに惹かれる自分に腹が立つ。苛立ちはどんどん
酷くなる。もうどうしようもない。君は言葉を与えない俺を詰ったけど、
このどうしようもなさを、どうやって言葉で伝えられると言うのか?


思考の流れるままにサスケを見たら、その黒目に僅かに緊張が走った。
その緊張は、期待か拒絶か?


そうだよね、言葉にして伝えたっていいけど、
結局のところ君だって言葉を欲しながら同時にそれを恐れてるんだろ?
だから俺が君に触れるのを甘受してるんだろ?
その目の緊張はそのしるしだろ?
俺が言葉を紡ぎ出すのを待ちすぎて瞬きを忘れている。
自分が瞬きになどに囚われた瞬間に俺が何か重大な事を言いやしないか
緊張して瞼を引き攣らせている。それと同時に、
俺が言葉を紡ぎ出すのを恐れすぎて瞬きを忘れている。
自分が瞬きをしたのを契機に俺が決意を固めて恐ろしい言葉を
言い出しやしないか、それを恐れすぎて瞼を硬直させている。


瞼がかわいそうで、俺はそこに口をつけた。
俺の唇とサスケの薄い瞼の下で、眼球が戸惑いに揺れるのを感じた。


言葉にして相手に伝えてしまったら、それが足枷になってしまう
かもしれないから。。俺は君に「好きだ」とすら告げていない。
君は、君が動けなくなるような足枷は望まないだろう。

俺だって、いつでも逃げられるようにしときたいんだよ。
俺の発した言葉を証拠に、君が俺を責めたりする事ができないように
しておきたいだけなんだ。


言葉に縛られるのも裏切られるのも傷つけられるのも、まっぴらだ。


自分の卑怯さに苦笑いして瞼から唇を離したら、
サスケも俺の苦笑いにつられたように破顔した。
俺の自嘲が伝わったのかな?
この恋のどうしようもなさに、サスケも笑うしかなかったんだろう。
こんな些細な連鎖反応に、俺はたちまち嬉しくなってしまう。馬鹿か、俺は。
自分の愚かさに更なる笑いがこみ上げる。
愚かでも何でも、錯覚でも何でも、嬉しいのだから仕方が無い。
そしてサスケも僅かに笑う。

おでこだけを引っ付けて、笑い合った。
額から伝わる振動・温度・揺れる前髪・かかる吐息。
言葉にしなくても何かが伝わった嬉しさと、
全てを伝えきれない事に対する諦めと。

目の前で揺れる笑顔は、
やっぱり愛しくて、腹が立って愛しくて、愛しくて腹が立って、
もどかしさに俺はサスケに再び手を伸ばし、
サスケもそれをもどかしそうに受け入れる。


「続けるよ、」
「ウスラトンカチ」


ここまで牽制しあっていて尚、肝心な言葉を放棄して尚、
俺はまだ君に何かを求めているし、
君も俺に何かを求めている。
言葉無しに触れ合う行為は、その希求の象徴だ。


















そして、求めるものは、きっと手に入らない。






Back   the view of 'S' →