言葉には魂が宿る、と言ったのは父上だった。
そんなの嘘だ、と頬を膨らませ言ったのは、たかだか数年前。
今、言葉の持つ力を知った。
But We wish and yet (the view of 'S')
「アンタ、言ってる事とやってる事がめちゃくちゃだ」
抱き寄せられそうになるのを、腕を突っ張って拒む。
言いながら見上げた顔は、薄笑いを浮かべていた。
「俺、お前に何か言ったっけ?」
浮かぶ笑み同様に吐き出された言葉は冷たく、再び抱き寄せられる。
掴まれた腕が、痛い。
薄笑いを浮かべながらも、カカシの目は笑わない。
その目が、怖い。
強張る身体。
けれどそれは一瞬で、伝わる温度に安堵する自分がいた。
人肌に飢えている、と自覚はある。
幼少期に、満足に安らげる温もりを得られなかった。
気が付いたら血に染まった生と、復讐という愚かしい目的しか残されていなかった。
そんな中、偶然得た温もり。
コレは、恋愛ではない。
だって、間違っている。
では、コレは何だ?
十分に得られなかった家族愛の延長?、同類の哀れみ?、成り行き?、錯覚?過ち?
その全てであるような気もするし、全然違うもののような気もする。
明確な言葉は、存在しない。
だから、きっとカカシも何も言わない。
それを解っているのに、何故今更なことを自分は問うたのか。
何かを、期待していたのだろうか?
離れていくのに?
いつか、終わりが必ず来ると解っているのに?
訊いたところでどうするつもりなのか、自分でもよく解らない。
漏れるのは溜息。
なんて、情けない。
「。。。。アンタは、何も言わない」
それでも、零れ出た言葉は情けないもの。
「そうかもね」
カカシは、静かに答えた。
静か過ぎて、責められているようにさえ思った。
「。。。。。。。」
「。。。。言葉が欲しいの?」
「!。。。。。らねぇ」
内心を見透かされた言葉に、思わず声が荒がる。
が、カカシはどうでもいいかのように、答えた。
「あ、そ」
会話が、途切れる。
生まれるどうしようもない間。
それを埋めるように、肌を密着させられる。
伝わる体温。
得る安堵…と、焦燥感。
安堵など得ている暇はないのに。
こんなことをしている暇はない。
前へ進まなければいけないのに。
安堵と同時に存在する焦燥感。
気持ちが、悪くなる。
安堵など、覚えてはいけない。
この体温に慣れてはいけない。
けれど、触れ合った温もりを自ら離すことなどできなくて、
せめてこの雰囲気だけは拒絶しようと息を詰める。
抵抗にもならない抵抗。
苦しいけれど、苦しいだけでいい。
そう思うのに、この温もりは手放せない。
ふいに、顎を捕まえられる。
キスをされる、そう解って迷うが、
触れ合うよりも温もりを感じられる行為を前に、迷いは一瞬で消えた。
けれどそれを甘受できるワケはなく、視線を下げる。
小さな抵抗。
小さすぎる、抵抗。
こうして触れ合えば触れ合うほどに、ますます言葉で定義できなくなる。
定義しようとすれば、それはカタチになる前に霧散していく。
絡まる舌に、思考はさらに溶けていく。
このまま、流されてしまいたい。
何も、考えたくない。
それなのに、突然噛まれた舌に痛みを感じて現実を思い出した。
噛まれた舌の痛み。
それから逃れるために、暴れた時にモノを蹴って痛みを伝える足。
その先にある、忍術書。
脳裏に浮かぶ、あの時の光景。
――愚かなる弟よ。
侮辱を露にして言われた言葉。
言外に、殺す価値もない、と告げられた言葉。
殺すんだろ?
アイツを、殺すんだろ?
そのために今、馬鹿のひとつ覚えみたいに忍術書を読んでるんだろ?
前しか、見てはいけないのに。
こんなところで、立ち止まってはいけないのに。
呆然とする。
アイツの言うとおり、愚かな自分に。
立ち止まってしまう自分に。
――そう思うくせに、一瞬でも言葉を望んでしまった自分に。
いつの間にか触れているだけの唇が、寂しかった。
温もりをくれないその唇が、哀しかった。
矛盾が生じる想い。
言葉を望んでしまった。
それは、束縛して欲しい、と同じことだと、自覚はある。
けれどそれと同時に、
立ち止まってはいけない、だとか、いつか絶対に離れなければいけないと知っている。
言葉を望むのは、カカシのせいにしたいかもしれない。
カカシが望むから一緒にいる、だとか、
その言葉に応えてやる、といういい逃げ道をつくりたいだけなのかもしれない。
そこに、俺自自身の想いはない、という言い訳がしたいのかもしれない。
なんて、卑怯なんだろう。
そんな思いのままにカカシを見上げたら、目が合った。
思わず、緊張する身体。
カカシは、どう思っているのだろう。
こんな卑怯な俺をどう思っているのだろう。
言葉を望む、ということは、
その言葉が自分の望んでいるモノと同じだと知ってるから。
けれど、それは本当にそうなのだろうか?
吐き出された言葉が、望んだモノではなかったら?
言葉など聞きたくない、と思った。
告げられる言葉が、怖い。
手にしてしまったこの温もりを失うことが、怖い。
ふいに、カカシが笑った。
それから、瞼に唇を落とされる。
柔らかい感触。
生まれるのは、やはり安堵…なのかもしれない。
与えられた温もりと、言葉を与えられなかったことに対しての。
これは、優しさなのだろうか。
それとも、カカシも逃げているのだろうか。
束縛されたくない、という想いと、束縛して欲しい、という想い。
相反する想いが交わることは決してなく、答えはどちらかのひとつでしかない。
答えを、互いに託している。
答えを、互いに任せている。
――そして、自分たちは答えから逃げる。
カカシは瞼から唇を離すと、苦笑した。
それを見て、俺も笑った。
笑うしかない、と互いが言っているようだった。
言葉を吐き出せない代わりに、笑みを零す。
それは楽しいから、と言ったモノではなく、それしか方法がないから。
でも、泣くよりいい。
笑った方がいい。
例え、それが苦笑だとしても。
おでこだけを引っ付けて、笑い合う。
額から伝わる振動・温度・揺れる前髪・かかる吐息。
共通の想いを持つ哀しい嬉しさと、全てを伝えきれない事に対する諦めと。
目の前で揺れる笑顔。
そして、再び伸ばされる手。
与えられる、温もり。
「続けるよ、」
笑いながら告げられた言葉に、笑いながら返した。
「ウスラトンカチ」
言葉は、もういらない。
言葉は、束縛するから。
言葉を望みながらもそれは怖いから、もう今はいい。
今はただ、この温もりだけでいい。
触れてくるこの暖かさだけで、もういい。
いつか、言葉を望む時がまた来るかもしれない。
その時は、きっとすべてが終わる時のような気がした。
言葉が交われば、この関係はなくなる。
そんな、気がした。
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