「あの日のことを忘れたとは、言わせないから」
そぅ言って、アンタは俺の頬を撫でる。
優しく、包み込むように。
アンタの目は、優しく笑いかけていたけれど、
その目は、俺を映し出してはいなかった。
俺なんか、見ていなかった。
Crying
「サスケ、約束してよ」
初めてアンタの気持ちに答えた日、アンタは真剣な顔をして言った。
「何を?」
「俺達は忍だからずっと一緒にいることは、多分できない。
だから、出来る限り一緒にいよう」
「どうやって?」
「出来るだけ一緒にいれる時は一緒にいる、コレが基本ね。
それと、後は、これだけは約束して。
――俺を置いていかないで」
哀しそうに笑ったアンタの顔を今でも覚えているよ。
「約束してやるよ。
でもな、お前こそ破るなよ」
その時の俺は、どちらかと言えばカカシのほうがこの約束を破ると思っていた。
里は未だに戦力不足で、教師をやっている上忍でさえも時折任務に借り出されていた。
上忍の任務なんだから、危険な任務ばかりで、
カカシといえど、何度も血だらけで帰ってきたことがあったから。
その度に心配する俺やナルトやサクラを見て、たまにカカシは嘘を付くようになった。
その任務が危険であれば、あるほど。
ちょっと火影様のお使いで隣の里に行ってくるだけだから、
とか何とかい言いながら、
何日も帰ってこなかったり、帰ってきたかと思えば大怪我をして帰ってきたりしていた。
心配させないための嘘をついて、カカシは俺を置いていきそうだった。
そう思ったのが表情に出ていたのか、カカシは苦笑した。
「嘘は、つかないよ。
危険な任務が入っても、ちゃんとサスケに言ってから出て行くよ。
そのせいで、心配かけるかもしれないけれど、嘘はつかないよ。
あ、嘘はつかない、ってことも約束にしよう」
アンタは素晴らしいことが思いついた、とでも言いた気に笑った。
その顔があまりにも楽しそうで、つられて俺も笑った。
ひとしきり笑いあった後、アンタは俺を抱き寄せて、もぅ一度言った。
「俺を、置いていかないでね――」
今になって、やっと気がついた。
あの時、最初の約束は「出来る限り一緒にいる」ということだった。
でも、本当はそれよりも、「置いていかないで」という言葉に比重があったってことに。
アンタは、四代目にも親友にも置いていかれてる。
これ以上、一人になんてなりたくなかったんだ。
解っていたはずなのに、解ってやれなくて、ごめん。
そして、俺も、アンタを置いていくんだ。
でも、絶対に戻ってくるから。
――ごめん。
アンタのこと好きだったよ。
でも、アンタの傍にいると、心地よすぎて何もかも忘れてしまいそうになるんだ。
一族のこと、アイツのこと、自分が果さねばならないことを。
そのまま本当に忘れてしまいたかったけれど、目が疼くんだ。
「殺せ、殺せ」と言っているように、疼きだす。
溢れ出る涙は止められなくて、気が狂いそうになる。
そんな俺にアンタはいつも気づいて、抱きしめてくれた。
何も言わず、抱きしめてくれた。
そうしてくれると落ち着くんだけど、いつも胸が痛かった。
だから、せめて、一族の復興は無理だとしても、アイツだけは殺したかった。
そしたら、この目の疼きも少しは消え、アンタに心配かけることもないと思ったから。
だから、だから、
アンタを置いて、出て行く…。
絶対に戻ってくる、そぅ思いながら、
絶対に戻って来れないことも何処かで解っていた。
俺が、アイツにかなうワケがない。
もし、万が一、アイツを殺せたとしても、
里を抜け出した俺は、もう木の葉に帰っては来れない。
それどころか、追い忍がつき、逃げ回るだけの未来が待っている。
アンタに、二度と会えない。
そぅ解っているのに、それでも、バカみたいに、
アンタに負い目を感じないで一緒にいられる未来を夢見て、俺は里を抜けるんだ。
本当に、バカだ。
アンタとの未来を夢見てると言いながら、やってることは、まったく逆のこと。
その上、アンタとの約束まで破ってる。
救いようのない、バカだ。
里を抜けて数時間もしないうちに、敵に囲まれた。
額当てからして、木の葉の忍びではない。
まだ、俺が里を抜けたことは伝わってないのだろうか。
1、2、…4人。
中忍程度ならやれるけど、上忍なら確実にヤバイ。
背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。
クナイが飛んでくる。
弾く。
投げる。
間合いを取って術を発動する。
火が、風に乗って勢いよく引火する。
人が焦げる臭い。
むせ返る血の臭い。
なんとか、3人目を倒した処で、首筋に冷たい感触。
背筋に冷たい汗が流れ落ちる。
一か八かの賭けに出るか!?
握っていたクナイを再び強く握りしめた瞬間に、どさりという音と共に後ろの気配が消えた。
クナイをそのままに振り向くと、見知らぬ忍びは首から血を流し死んでいた。
そして、その後ろには赤く染まったクナイを持ったカカシがいた。
この場に相応しくない、柔らかな笑みを浮かべて。
ゆっくりとカカシが近づく。
一歩、また、一歩。
――逃げ出したい。
なのに、恐怖で足が動かない。
せめて、カカシから目を逸らしたいのに、それすらもできない。
カカシの笑顔が、怖い。
「俺を置いて何処にも行かないで、って言ったよね?」
そう言って、伸ばされた手は俺の頬へと触れた。
べとり、と血がつく感触に粟肌が立つ。
「ねぇ、サスケ。
お前は、あの日のことを忘れたかもしれないけど、俺は忘れてないよ。
だからお前にも、あの日のことを忘れたとは、言わせないよ」
優しく話し掛ける声と、頬を撫でるその柔らかさと同じように、
アンタの目も優しく笑っていた。
その目を見て、アンタが壊れたことに気づいてしまった。
せめて、目だけでも怒りを表してくれてれば、よかったんだ。
優しく笑いかけるその目は、もぅ俺なんか映し出してはいなかった。
「カカシ、ごめん…」
「何が?」
「…ごめん」
「…どうして謝るの?
解ってくれたんなら、もぅいいんだよ」
柔らかに告げる言葉、優しく頬を撫でる手、優しく笑いかけるその笑顔。
どれもが俺に向けられてるはずなのに、どれひとつ俺自身に向けられていない。
カカシは俺自身じゃなく、カカシが作り上げたサスケに話し掛けている。
一度裏切ってしまった俺自身を、もぅカカシは見ることはない。
カカシが作り上げた俺しか、もぅ見ようとはしない。
「帰ろう」
そう言って差し出された手は、俺自身に差し出されたものじゃない。
そぅ解ってはいても、それでもその手を取ってしまった。
カカシを最初に裏切ったのは、俺。
カカシが壊れたのは、俺のせい。
カカシが俺自身を見なくなったのも、俺のせい。
でも、それでも、俺を捨てれなかったカカシがどうしようもなく、哀れで愛しい。
これから先一生、俺自身をカカシは見てくれないだろう。
俺は、それだけのことをした。
でも、俺自身を見ないカカシだろうと、それでも一緒にいたいと思った。
一度は裏切ってしまったけれど、二度目は絶対にない。
アンタの言うように、
あの日のことを忘れたとは、絶対に言わないよ…。
2003.06.28〜07.14
2003.07.19 加筆修正。
※Hちゃん一言感想※
→『サスケにとってもカカシさんにとっても、
そうなった事は決して『悲しい』ことじゃ無いんじゃないかって思った』
同じお言葉で、強気カカシ編↓
Because… 〜a Possessor love〜 Side K
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