「サスケ」

いつもと変わらぬ声で、名を呼ぶ。
ゆっくりと目を開けるサスケ。
その目は、まだ虚ろ。

「サスケ」

血で汚れた手で、サスケの頬を触れる。
サスケは目を見開き後ずさり、きょろきょろとあたりを見回し、3体の死体に目を止める。
それから、ゆっくりと俺に視線を向ける。


「あ゛ぁ゛ぁぁーーーーーーーっっ!!」

身体をガクガクと震わせ、さらに、後ずさろうとする。
もう後ろには壁しかなくてそれ以上後退できないのに、
それでも逃げようと壁に背を打ち付ける。


サスケの目は、虚ろな目をもうしていなかった。
俺を映し出していた。
たとえ、それが恐怖から来るものだったとしても、
その目には俺だけが映し出されていた。


それを見て、やっと解った。
この目に、自分が捕らえられていたことに。
この目に、自分だけを映し出して欲しかったことに、やっと気がついた。


いつから、サスケが自分をこの目に映し出さなくなったのか、今ではもう覚えていない。
サスケが虚ろな目をするから、俺が殴ったのか、
俺が殴るから、サスケが虚ろな目をするようになったのか、
そんなことは、覚えていない。
いつから、俺がサスケに捕らわれていたのか、そんなことは解らない。



でも、そんなことはどうでもいい。


俺は、この目に映し出されたいだけ。
この目に映るのが、俺だけならば、それでいい。


怯えるサスケ。
それでも、俺から視線を逸らせないサスケ。


それで、いい。


ロクな未来なんて待っていないと、解っていても、
そんなことはどうでもいい。



このガキのためにも、自分のためにも、
ロクなことにはならないと解ってはいるけれど、
そんなことは、どうでもいい。


ただ、この目に俺が映ればいい。


恐怖の対象としてでしか俺を見なくても、
その目に映るのが自分だけなら、それでいい。

「サスケ」

ゆっくりと、サスケの頬を撫でる。
殊更怯えるように、わざと血をベトリとつけて、頬を撫でる。

「俺たち、契約したよね。
 忘れちゃった?
 でも、俺は忘れてないよ。
 だから、サスケにも、あの日のことを忘れたとは、言わせないから」

怯えて声も出ないサスケ。
ガクガクと震えるサスケ。
それでも、目を逸らせないサスケ。


その目に映るのは、俺、ただひとり。

そう、それでいい――






2003.06.31〜07.22 Back     Postscript