ロイに何をすれば、俺の想いが伝わるのだろう。
Kiss of love.
「…ロイは、ちゃんと逃げれたよ」
抱きしめる力を緩めずに、呟いた。
腕の中で、ロイは顔を上げた。
「俺、言ったじゃん。
気づいたのは、ロイが俺の学校卒業したって言った時だって…。
それまではずっと、ロイが誰だか俺は知らなかった。
散歩が夜なのは、単に夜の散歩が好きだったからだよ。
だから、ロイはちゃんと逃げれたよ」
「ありがとう」
ロイは苦笑しながら、身体を起こす。
嘘じゃないのに、本当のことなのに、また笑顔でかわされた。
抱きしめていた腕からも逃げられた。
行き場を無くした手を握り締める。
どうして、伝わらないのだろう。
言葉では伝わらない。
だから、抱きしめたのに。
それでも、ロイは笑ってかわす。
どうすれば、伝わる?
ロイを見上げれば、微笑まれる。
出会った時と同じ、痛みが見える笑顔。
どうしてそんな顔で笑う?
ロイを知らない俺と過ごした1ヵ月間は、意味がなかったのだろうか。
ロイが逃げたかったと望んだ場所で過ごしたというのに、意味がなかったのだろうか。
それなら、ロイに逃げ場はなかった、と証明しているようなものだ。
そんな証明などいらない。
握り締めていた手を、ロイに向かって伸ばす。
ロイはそれを止めることなく、変わらず微笑んでいる。
伸ばした腕が頬に触れる。
その感触に、出会った日のことを思い出した。
あの時も俺はロイの頬に触れた。
そして、瞼にキスをした。
いつかロイがしてくれた憧憬のキスではなく、ただ黒い瞳が見たかったんだ。
何処までも深い黒い瞳が。
ロイもその時のことを思い出したのか、目を閉じた。
あの時と同じように引き寄せる。
ロイも大人しくそれに従う。
けれどキスをした場所は、瞼ではなく唇だった。
触れるだけのキス。
ロイがゆっくりと目を開ける。
綺麗だと思った黒い瞳がのぞく。
「愛情のキスだよ」
じっと見つめてくるその黒い目を見つめ返しながら告げた。
「…ありがとう」
ロイはもう微笑まなかった。
静かに目を閉じ、一筋の涙を流した。
俺の想いは、少しでもロイに届いたのだろうか。
不安に思いながらも、その涙に唇を寄せ啜った。
04.07.13〜07.14
『Kiss of love.』=愛情のキス。
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