「エディ。昔話をしようか…」

胸が痛むような笑みを浮かべ、ロイはこれから何を語るのだろう。






The meaning of living.






「エディは、私の二つ名を知っているね」

「焔、だろ」

図書館で調べた時に見た記事に、ロイの写真の横に『焔の錬金術師』と大きく書かれていた。
彼は国に仕える軍人であり、錬金術師でもある国家錬金術師。
地位は大佐で、若きエリートだと書いてあった。

「そう、焔だ。
 火の錬成が得意だと知った時、
 そしてそれを助長する発火布を作った時、皮肉だと思ったよ」

どうして、と目で問えば彼は小さく答えた。

「父が自ら火事を起こして、死んだから」

その言葉に、息を飲む。
呆然とロイを見やれば、労わるように頭を撫でられる。



「私が6歳の時に、父が事業に失敗してね。
 家に火を放ち、自殺をはかった。
 …今でも鮮明に、父の最期の言葉を覚えているよ」

「何?」

「『今父さんと死ぬか、ひとりで生きていくか選びなさい。
  父さんと死ぬことを選ばないのなら、お前は殺す側にまわらない限り生きていけない。
  そのことも考えて、お前が選びなさい』」


なんて、残酷な言葉なのだろう。
僅か6歳の子どもに告げる言葉じゃない。
その言葉を言わなければいけなかった父親も、言われたロイのどちらにも辛い言葉でしかない。

けれど、ロイは選んだんだ。



「ロイは、生きることを選んだんだな…」

「例え殺す側にまわっても、生きなければいけない理由があったからね。
 生きると告げれば父は一度だけ強く抱きしめ、行きなさい、と言ったよ。
 その時肩に触れた父の手が、取り囲んでいた炎よりも熱かったことを今でも覚えている。
 父を炎で亡くした。
 けれど、その炎を扱う錬金術によって今、私は生きている。
 父の言ったように、誰かを殺す側にまわって生きている」

皮肉だろ?、と彼が自嘲の笑みを浮かべる。





「俺はロイに出会えてよかったって思ってる。
 だから、ロイが生きることを選んでくれて嬉しい」

本心からそう告げれば、ありがとう、とロイは優しく微笑んだ。
その笑みを見て、俺の言葉がロイに届いていないことを悟った。
笑って、かわされただけだ…。

哀しくなる想いを振り払うように、ロイに訊ねた。



「その時6歳だったんだろ?
 そんな小さい時から、生きなければいけない理由なんて持ってたのか?」

「私は、母の命と引き換えに生れてきたからね。
 自ら死を選ぶなんて選択は、私の中には今もないよ。
 だからあの時、逃げるという選択肢はあっても、死ぬという選択肢はなかったよ。
 父もそのことを解っていたのだろうね。
 黙って一緒に死ぬことを選んでも良かったのに、父は子どもの私に選択をさせた。
 父も母の命を削って生れた私を生かしたかったんだと思うよ」


言いながら、彼は静かに笑う。

どうして、彼は笑うのだろう。
つらいのならば、泣けばいいのに。

ふと、ロイの手が伸ばされ、目元に触れた。




「何?」

「エディが、泣く必要などないよ」

そう言って、ロイはまた笑う。

大人になれば、皆泣かないのだろうか。
泣けないのだろうか。

それなら、俺が泣いてやる。
まだ子どもだから、ロイの分も泣いてやる。

それは言葉にならなかったけれど、ロイは察したのか俺を抱き寄せ頭を何度も撫ぜた。




「父が死に天涯孤独となった私が生きていくためには、軍に入るしかなかった。
 士官学校に入れる年齢になるまでは大人しく施設にいたけれど、
 ずっとあそこにいても先などなかったからね。
 『殺す側にまわらないと生きていけない』と言った父の言葉の意味が、その時やっと解ったよ。
 けれど、それでも私は生きたかった。ただ、貪欲なまでに生きたかった」

ロイは俺の頭を撫ぜるのをやめ、強く抱きしめた。
苦しくなるほど抱きしめられ、
その強さにロイの苦しみも痛みも感じとれてしまって、涙がまた流れた。

「だから、私は人を殺すことに躊躇した時はなかった。
 殺らなければ、殺られてしまうから。
 けれど戦争に行くたびに、躊躇しない理由を忘れていった。
 ただ、機械的に人を殺していっただけだ。
 それなのに、あの悲惨な戦争の中で思い出してしまった…」


ロイの声が、一瞬震えた。
この先を、言うことを躊躇っている。
けれどその先を口にしない限り、きっとロイは救われないのだ。

手を伸ばし、ロイの背を抱きしめる。

言葉など知らない。
触れて、抱きしめることのほうが、言葉よりすべてを伝える。
飾り気のないありのままの感情を、伝えてくれる。

それはじいちゃんが教えてくれたことのひとつ。


その想いがロイにも通じたのか、ロイは再び話し始めた。




「…私が生きている意味は、母の命を背負っているからだと思い出した。
 けれど、それは私だけじゃない……」

俺を抱きしめる腕が僅かに震えた。
宥めるように落ち着かせるように、何度もロイの背を撫でる。

「誰かの命を背負って生きているのは、私だけじゃない。
 生きる理由を思い出した途端に、怖くなった。
 自分と同じように誰かの命を背負って生きている人間を、私は殺し続けてきた。
 …それなのに国は、国民は、私を英雄だと言うのだよ」

ロイが抱きしめる力を緩め、俺に身体を預けてくる。
それを精一杯抱きしめた。

「…逃げたかった。
 誰も、私を知らない所に逃げたかった」

力なく呟く声に、どうしようもないほど胸が痛んだ。






04.07.08〜07.13 『The meaning of living.』≒生きる意味。
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