部屋に戻れば、ロイはソファに座り庭を見ていた。
その横顔はただただ静かで、別れが近いことを感じさせられた。
The end is coming soon.
「ロイ…」
呼びかければ、ロイは俺へと視線を向けた。
「何となく、解ってはいたんだけどね」
苦笑しながら、自分の横に座るようにと促す。
黙ってそれに従う。
「出会った時もそれからも、君の態度は変わらなかった。
それにアルフォンスくんが言ったように、この家にはTVも新聞もないうえに、
君は滅多に出かけないし、専門誌にしか興味がない。
だから私のことを知らなくて、この家においてくれていると思っていたよ。
でも思えば、君との散歩はいつも人目につかない深夜だった。
…君は、知っていたんだね」
そう言って、ロイは笑う。
今肯定すれば、きっとロイは出て行く。
本来あるべき場所に戻ろうとする。
戻りたくないと逃げたくせに。
いつか、今のような生活は続かない、とロイが暗に言ったことを思い出した。
今俺が肯定すれば、それが終わりを告げる言葉となってしまう。
それを俺は望んでいない。
まだ、ロイといたい。
けれど、ロイは?
見上げれば、彼は静かに笑みを浮かべている。
その真意は読めない。
いや、単に読みたくないだけなのかもしれない…。
目を逸らせて俯けば、頭を撫でられる。
答えを急かすわけでもなく、ゆっくりと落ち着かせるように。
その優しさに、覚悟を決めた。
「知ってたよ」
目を真っ直ぐに見て言えば、それを静かに受け止められる。
「いつから?」
「初めて会った時は何となく見た時があるくらいだった。
ちゃんと誰だか解ったのは、ロイが俺の学校を卒業したって言ったから。
うちの学校って学問の分野でしか著名人があまりいないのに、
珍しく違う分野でも活躍している人がいるって有名だったんだよ。
興味なかったから詳しくは知らないけど、
一度誰かが持っていた新聞記事を見たことあるのを思い出して…図書館で調べた」
「…そうか。
どこに行っても、逃げ場はないんだな」
小さくロイが呟いた。
諦めたようなやるせないような、聞いていて痛くなる声だった。
「逃げたかったのか?」
問えばロイはまた静かに笑った。
その笑みを見て、後悔した。
「ごめん」
「いや、いいよ…」
慰めるように頭を撫でられる。
「戦争で多くの人を殺したよ。
人を殺すことは初めてではなかったけれど、酷い戦争だった。
心も身体も疲れきりながらも国に帰ってくれば、英雄扱いだ。
おかしいと思わないかい?」
ロイは俺の頭を撫でるのを止め、両手を見つめた。
「この手で多くの人を殺した。
人を殺せば罪人のはずなのに、戦争では違う。
殺せば殺すほど、それは功績になるだけだ」
「…戦争って、そういうもんだろ?」
それはどうしようもない事実。
覆しようのない事実。
だから否定したいのに、その言葉は出てこない。
「まさしく、君の言うとおりだよ。
私もそれが当然だと思っていたからね。
でも、思い出してしまったから…」
「何を?」
ロイはゆっくりと顔をあげ、俺を見つめる。
「エディ。昔話をしようか…」
静かに静かに笑うロイ。
その目に映るものは、痛みであり哀しみであり――自嘲だった。
04.07.08
『The end is coming soon.』≒終わりはすぐ傍に。
← Back Next →