「楽しそうだね、兄さん」

そう言うアルの顔は、戸惑いを浮かべながらも笑っていた。






The cut-off sad chain.






「アル…」

ロイの襟元を掴んでいた手を離し、ソファから立ち上がる。

「兄さん、忘れたの?
 今日はおじいちゃんの月命日だよ」

忘れるわけがない。
でも、それを言葉に出すことは憚られた。

月命日の日に、俺の情緒が不安定になることを知ったアルが、
二度と来るな、と言った俺の言葉を無視してこの日だけは心配で訪れる日。
そして、理由に気づいているため無碍に追い払うこともできず、俺がアルから逃げ回る日。

それなのに、今日は家にいた。
ロイの傍にいた。

「兄さん、大丈夫?」

じっとロイを見つめながら訊くアルは、何を知りたかったのか…。





「アルくん、お茶でも飲まないかい?」

重い雰囲気を破ったのは、柔らかいロイのその言葉。
アルは何か言おうと口を開いたが、諦めたように頷いた。

アルが向かい合う形でソファに座る。
ロイがそれぞれにお茶を配り終え、俺の隣に座った。

「アルくんの名前は、アルフレッド?アルバート?」

何も話さない俺たちの代わりに、ロイが口を開く。
それに戸惑いながら、アルが答えた。

「アルフォンスです」

「いい名前だね。私の名前は――」

ロイが名乗ろうとするのを、アルが遮る。

「知ってます。ロイ…さんでしょう」

まだ名乗っていないのに、アルはロイにそう告げた。
ロイは苦笑でそれに応える。



「こんな所にいていいんですか?」

責めるようにアルが問う。

「…そうだね」

「それ、答えになっていません。
 この家にはTVも新聞もないし、兄さんは滅多に外に出ないから、
 あなたのことを知らなくて、何も言わないんだと思います。
 でも、以前会った時は気づかなかったけれど、僕はあなたを知っています」

アルはロイを見据えて、淡々と話す。
ロイもそんなアルの視線を受け止め、反論もせずに聞いている。

「大掛かりな捜査を始めているそうです。
 ここは田舎だからまだ捜査の手が伸びていないだけで、そのうち絶対に見つかります。
 兄さんの通ってる学校にあなたも通っていたんでしょ?
 すぐにこの街も調べられますよ。それだけ向こうも必死なんです。
 それなのに、あなたはこんな所にいていいんですか?」

「…そうだね」

アルを見据え静かに告げるロイの表情は、あの痛みを感じさせる笑顔を浮かべていた。

「っだから、それは答えになっていません」

アルが声を荒げる。




「…アル、帰れ」

「兄さん、何それ…。僕帰らないよ」

傷ついた目。
毎月毎月、見るその目。

傷つけたのは、自分。
毎月毎月、アルを傷つけ自分も傷つく。

こんな哀しい連鎖などいらない。



「アル、約束したよな。
 俺がこの家をじいちゃんから受け継いだ時、もう来ないでくれって」

「違う。それは約束なんかじゃない。
 だって、僕は承諾していなかったじゃないか」

「でも、守ってくれただろ?
 月命日の日に俺の様子がおかしくなるのを知る以前は、お前はそれを守ってくれてたよな?」

諭すように、穏やかな声で告げる。
けれど、アルは簡単には納得してくれない。

「それはっ…」

「俺の好きなようにさせてくれたんだろ?
 じいちゃん亡くして哀しんでた俺の意志を尊重してくれたんだろ?
 だったら、今も尊重してくれないか…」

「…もう、大丈夫なの?」

諦めたように溜息を吐きながら、アルが問う。

「犬を拾ったからな」

笑って答えれば、アルは哀しみが混じった笑みで返す。

「その犬は、いつか出て行くよ」

「…知ってる」

「そっか…。
 それなら何も言うことはないよ。僕、帰るね」

アルはロイに、お茶ごちそうさまでした、と頭を下げて玄関に向かった。
その背中を追う。





「もう大丈夫だから」

「うん、解ったよ」

そう言って浮かべる笑みは、純粋なもので安心して俺も笑った。

「兄さん、笑えるようになったんだね」

「…犬のおかげかな」

「そっか…。じゃあ、僕帰るよ」

背を向け帰ろうとする腕を引っ張って、頬にキスをした。



「兄さん!?」

目を見開いて驚くアルに、ふんぞり返って答える。

「厚意のキスだ。ありがたく受け取れ」

「…なんか、おじいちゃんを思い出した。
 よく僕たちにしてくれたよね」

アルは、懐かしいそうに目を細めた。
そんな顔を見ながら、戸惑いながらも口を開く。

「…アル。来るな、なんてもう言わない。
 もう少し落ち着いたら、俺から連絡する。
 それまで待っててくれないか?」

「…解った。大人しく待ってるよ」

そう言って、アルは帰っていった。


それはじいちゃんが死んで初めて、笑って過ごせた月命日だった。






04.07.07 『The cut-off sad chain.』=断ち切られた哀しい連鎖。
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