庭の真ん中にある一際大きな石に、酒をかける姿があった。

「何をしているんだい?」

「墓参り…みたいなもん。
 コレ、この家を俺にくれたじいちゃんの墓みたいなもん。
 本当の墓はちゃんとあるけど、この下にじいちゃんの遺品埋めたから、
 これが俺にとってのじいちゃんの墓なんだ…。
 今日じいちゃんの月命日だから、好きだった酒特別にあげてんの」

笑いながら答える。
それは、エディの過去に私が触れた瞬間。






Anniversary of a grandpa death.






その日のエディは珍しく、ずっと傍にいたがった。
ソファに座れば、何をするわけでもなくその横に座ってもたれてくる。
ただぼんやりと座っている。

そんな姿を見せられれば、放っておくこともできない。


「答えたくなければ別にいいけれど、おじいさんってどんな人だった?」

問えば、ゆっくりと視線を上げて見つめてくる。

「いや、答えたくなければ別にいいよ」

こちらも触れて欲しくないモノを持っている。
だから、この話は止めよう、と言おうと口を開いたのに、それを言う前に子どもはふっと笑った。



「すっげぇ、いいじいちゃん。
 植物学者でちょっと変わってたけど、俺好きだったよ」

「あぁ、だから庭は広いし、たくさんの植物があるのか」

「そう。じいちゃん植物好きだったからな。
 じいちゃんは俺がアイツ…親父と諍い起こしているの知って、
 この家に助手をするって名目で、呼び寄せてくれたんだ」

言いながら顔が曇る。
もう喋らなくていいから、と頭を引き寄せても喋るのをやめない。

「じいちゃんがいなきゃ、今の俺はいない。
 じいちゃんが残してくれたこの家と、植物の知識があるから俺はひとりで生活できてる。
 でも、反動かな…。
 じいちゃんの月命日の日は、寂しくなる」

そう言って笑った。



「ロイを拾ったのも、そのせいだよ」

その言葉で思い出す。
そう言えば、ちょうど1カ月前に拾われた。

「そうか…。
 では私は、エディのおじいさんに感謝しないといけないね」

告げれば、エディは目を瞬かせまた笑った。

「あぁ、感謝しろよ」

今日初めて見る心からの笑顔。
ずっとこの笑顔で笑ってくれればいい。
そんな想いを込めて、エディの閉じた目の上に口付けを落とした。

エディ目を開け、不思議そうな顔をする。

「今のって憧憬のキスだろ。何で?」

そう問う姿はまるで子どもそのもの。
自分がエディと同じ年頃だった時を思い出して比べても、
こんな素直さは持ち合わせていなかった気がする。
その素直さに、憧れる。

けれどそんなことを正直に伝えたところで、この素直だけど素直じゃない子どもは怒るだろう。
だから、言わない。




「内緒」

笑って告げれば、頬を膨らます。
可愛い可愛い子ども。

「それにしても、よく知っていたね」

気を逸らすように話を変えれば、素直に、何を?、と問うてくる。

「瞼の上のキスが憧憬だって」

「あぁ、それか。
 だって、じいちゃんが言ってたから。
 『A kiss on the hand is respect,
  a gentle kiss on the cheek is friendship,
  a soft kiss on the lips is love,
  and a soul kiss is full of passion.』だろ?
 じいちゃんも言いながら、俺の額と頬にキスしてた」

その時のことを思い出したのか、子どもは楽しそうに笑う。
それから何かに気づいたのか、にやりと意地の悪い笑みを浮かべ言った。

「俺もしてやるよ」

「遠慮しておくよ」

どうもよからぬものを感じて断る。
けれど、エディは鼻で笑う。

「ロイ、立場を解ってないな。
 俺は飼い主、お前は拾われた犬。
 よって、断る権利はない」

不遜に言い放ち、襟元を掴まれ引き寄せられる。
先ほどまでの大人しく、可愛いエディは一体何処に行ってしまったのか。
そんなことを思いながらも、エディの言うように断る権利はない。
ここは覚悟を決め、目を閉じやり過ごそう。

そう思って目を閉じた瞬間、声がかけられた。



「楽しそうだね、兄さん」

目を開ければ胸倉を掴む手が見え、視線を上げればドアのほうを見るエディ。
その顔には、何とも言いがたい表情が浮かんでいる。
嬉しそうなのに、何処か辛そうな。

その視線の先を追えば、初めてここに来た時に会ったエディの弟がいた。
彼に浮かぶ表情もまた、何とも言いがたい笑みをしていた。






07.04〜07.07 『Anniversary of a grandpa death.』=祖父の命日。
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ブリスベーンの植物園長ウォルター・ヒル氏