ロイを拾って、1週間が経った。
ロイは何も言わないし、俺も何も訊かない。
ただ、一緒に過ごす。
それだけ。
けれど、その時間はとても優しい。
Call a name.
「ロイ、散歩に行こう」
誘えばロイは静かに笑う。
ロイの笑みはいつも寂しさを纏っている。
そう思うたびに、以前アルが俺に「笑わなくなった」と言ったことを思い出す。
笑えない自分と、寂しさが見える笑みを浮かべるロイ。
どちらも苦しみを抱えている。
だから、自分に似たロイを拾ったのだろうか。
外に出れば、星が瞬いている。
散歩の時間は、いつも深夜を過ぎた頃。
街の明かりが消えて、星と外灯の明かりだけの夜道をふたりで歩く。
首輪とリードの変わりに手を繋ぐ。
ロイの少し低めの温度を伝えてくる手が、気持ちいい。
強く握れば、ロイも強く握ってくれる。
笑えば、彼も微笑む。
思い出す感情。
けれど同時に、これは違う、と知っている。
狭間に揺れる感情に流されることを拒んで、想いを彼方へと追いやる。
再び笑えばロイも笑うから、もうそれだけでいい。
今、暖かかればそれでいい。
それは単なる誤魔化しだろうけれど、向き合うにはまだ辛い。
「寒い?」
ふいに訊かれたその言葉に顔を上げれば、心配そうな顔をしてロイが見つめてくる。
その顔は、やはりどこか寂しげで…。
「ロイのが寒いんじゃないの?」
「君が居てくれるから、寒くはないよ」
他の誰かが言ったのなら嫌悪すらしそうな言葉なのに、
何故かロイの言葉だと、暖かく聴こえる。
心が、暖かくなる。
「俺もロイが居てくれるから、寒くないよ」
ロイは静かな笑みで返す。
「でも、そろそろ帰ろうか。
…つーか、ロイ。
いい加減、『君』って言うの止めろよ」
不満を洩らせば、キョトンとした顔をする。
「ロイ?」
何かおかしなことを言っただろうか。
不安になりながらも訊ねれば、ロイは不思議そうに訊いてくる。
「呼んでいいの?」
「何で?別にいいよ」
「呼んではいけないのかと思ったよ」
「だから、何で?」
名前を呼ぶことが、どうしていけないのだろう。
不思議に思って訊ねれば、ロイは笑みを浮かべた。
見慣れたどこか寂しそうなものではなく、本当に柔らかい笑顔を。
「だって、君の名前を知らない」
「え…俺、言ってなかったっけ?」
言いながらも、思い出す。
自分からは、名乗っていない。
そして、家にはロイと自分しかいない。
名前を呼ぶ者など、誰もいない。
唯一、ロイを拾ったときにいた弟も、『兄さん』としか呼んでいない。
ロイは、俺の名前を知りようがなかった。
「…ごめん」
なんだか、申し訳なくなる。
それなのにロイは笑って、いいよ、と告げてくる。
「君の名前は?」
そう訊ねる声は、やはり低く心地いい。
「エド…エドワード」
姓は名乗らない。
あの男の姓など、もう捨てたのだから。
ロイはそのことに特に気にする様子はない。
ロイ自身も名前しか名乗っていない。
互いに、姓を言いたくない事情があるのかもしれない。
今いる自分と名前だけが、きっとすべて。
「何と名前を呼べばいい?エド?エドワード?」
柔らかく笑いながらロイは、訊いてくる。
エドワードは長すぎて、あまり好きではない。
でも、エド、とは呼ばれたくない。
傍にいる大人の男に、その名で呼ばれたくない。
アイツを思い出すから…。
「エドとエドワード以外なら、何でもいい」
力なく笑えばロイはそれに気づき、困ったように笑った。
それでもいくつもの愛称を口に乗せていき、ふっと笑った。
「何?」
「何でもいいと、言ったね?」
珍しく強気に出るロイにたじろぐ。
けれど、そう言ったのは事実だから頷く。
「それなら、エディがいい」
楽しそうにロイは言うけれど、俺は眉を顰める。
「…子どもっぽくね?」
「愛称とはそう言うものだよ。
それに、君はエドは嫌なんだろう?」
ニヤリと笑うロイ。
今日はいつもと違うロイをたくさん見ている気がする。
もしかしたら、ロイはけっこういい性格なのかもしれない。
窮して黙っていると、ロイはいつもの寂しさが見える笑みを浮かべ呟いた。
「子どもっぽくて、いいんだよ。
そういう生活をしていくのだから…」
それは暗に、今のような生活は必ずいつかは終わる、と告げていた。
そんなことは知っている。
今のままで、生きていけるわけがない。
それでも、あの家に帰りたくはないのだ。
アイツの庇護など受けたくはない。
俯き耐えるように拳を握り締めれば、肩を抱かれた。
それ以上、ロイは何も言わなかった。
抱きしめられながら、ロイのことを思った。
必ずいつかは終わりがくると知りながら、どうしてロイは俺のもとを離れないのだろう。
ロイも、寂しいのかもしれない。
誰かの温もりが、欲しいのかもしれない。
04.06.27〜07.01
『Call a name.』=名前を呼んで。
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