いつものようにベッドに寝そべって抱きしめられる。
その時にロイのパジャマから感じた匂いに、思わず笑った。
Good night.
「エディ?
何かおかしいことでも?」
「んー、別に。
ただ、ロイの匂いがするなって思って…」
「匂い?」
不思議そうに見つめてくるロイを無視して、目の前にあるパジャマを引っ張る。
「これってじいちゃんのパジャマだったんだ。
捨てるのが忍びなくてずっとクローゼットに入れてたから、
最初は洗濯してもなかなか防虫剤の匂い取れなかったんだよな。
でも今は、ロイの匂いしかしないなーって思って」
言った後、寂しくなった。
明日には、ロイは出て行くのに。
他のことを言おうと口を開くのに言葉が出なくて、
目の前のロイのパジャマを握り締めたら、優しく頭を撫でられた。
「エディのおじいさんは、大きい人だったんだね」
ロイが話題を変えてくれたことに、ほっとした。
「…何で?」
「私が着ても、少し大きいからね」
「あぁ…。
うん、じいちゃんデカかった。
よく学者に見えないって言われてたし」
目を閉じれば、庭で植物に水をやっているじいちゃんが浮かんでくる。
広い背中が好きだった。
すべてを無条件で受入れてくれそうで…、
実際にも受入れてくれて、本当に好きだった。
「エディも大きくなるのかな」
その言葉に、反応してしまう。
「ロイ、それはどういう意味で言ってる?」
問う声に、怒気が孕む。
暗に『小さい』とでも言っているのだったら、絶対に一発殴ってやる。
じいちゃんも…アイツもデカいのに、俺は歳の割りに背が伸びない。
まだ成長期だから、という言葉はもう通用しない。
骨格の問題だと気づいたから。
母さんに似た華奢なこの骨格では、もうそんなには伸びてはくれないだろう。
俺だけじゃなくアルも同じならまだ諦めがつくのに、
そうではなさそうなことが最近のアルを見て解ってきて、
無いに等しい兄としての威厳が刺激されている今、ロイは禁句に触れようとしているのだろうか。
そんな思いで睨みあげたのに、ロイは寂しそうに笑っていた。
「…ロイ?」
「…いや、大きくなったら寂しくなると思ってね」
「寂しくなる?」
今まで、『大きくなれ』と言われたことは数知れず。
けれど逆に、『大きくなるな』と言われたことは一度もない。
「今が丁度いいと思わないかい?」
そう言って、ロイが抱きしめてくる。
ロイの身体にすっぽりと抱きしめられる、小さな俺の身体。
身体が小さいと言われることは、腹立たしい以外の何ものでもないのに、
何故かロイの言うように、この丁度いい体格差が失われるのは寂しいかもしれない。
「…俺も、そう思う」
手を伸ばし、俺もぎゅっとロイを抱きしめた。
「…俺が、抱きしめるつもりだったんだけどな」
ロイの背に手をまわし、しがみつきながら呟いた。
「何?」
「ロイを拾った時、
このデカい捨て犬を傷つけるすべてから遠ざけてやりたいって思ったんだけどな…。
守られているのは、いつの間にか俺だったんだな」
目を閉じ、拾った時のことを思い出す。
路地裏に蹲って膝を抱える姿は、
すべてを拒絶しているくせに、どこかで差し伸ばされる手を待っている、そんなふうに見えた。
それなのに、気がつけば守られていたのは俺だった。
「…そんなことはないよ。私は、守られたよ」
本当に、嬉しかった。
英雄でもなければ軍人という目で見るわけでもなく私個人として見てくれて、
その上、誰とも解らぬ者に君は優しくしてくれた。
それがどれほど嬉しかったか…」
抱きしめられる腕に力が加わる。
その強さに、胸が…良心が痛んだ。
「…善意だけで、ロイを拾ったわけじゃない。
だから、そんなに感謝される筋合いはないんだ」
本当に、感謝される筋合いはない。
ロイをすべてから守りたいと思ったのは、嘘じゃない。
でも、それは――
「エディ?」
「…俺みたいだったから。
あの時のロイが俺みたいだったから、自分の代わりにすべてから遠ざけたいと思っただけだ。
だから、ロイは感謝なんてしなくていい」
「…それでも私は、エディに拾われて嬉しかったし幸せだったよ。
エディはそうではなかった?」
その言葉に、ゆるゆると首を振った。
「俺も…楽しかったし…幸せだった」
「それなら、いいじゃないか。
互いに、幸せだったんだ。
エディが、負い目を感じる必要などどこにもないよ」
優しく宥めるように、ロイが髪を撫でる。
そろそろと顔を上げれば、優しく笑うロイがいる。
「「ありがとう」」
どちらともなく、感謝の言葉を述べた。
お互いに救われていた。
たったの1ヵ月ちょっとだったけれど、それでも時間を共有し救われた。
この出会いに感謝をしよう。
いない神などではなく、お互いの存在に。
04.07.25〜07.27
『Good night.』=おやすみ。
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