彼が静かに名を呼ぶ。
けれど、返事はしない。
震える手で管を抜き取ることに集中する。
Egoistic love 3.
「君はその管を抜いた後で、死を選ぼうとしているけどね」
彼の言葉に耳を貸すな。
今はこの手に集中しろ。
「私は、そんなことさせないよ」
その言葉に、思わず振り返る。
「おや、解らなかったのかね。
単純なことじゃないか。
死んだら終わり。
だから終わらせるつもりはないよ、私は。
生憎、死体愛好家でもないんでね」
場にそぐわぬ笑みを彼は浮かべる。
言い知れぬ恐怖で震えが増す。
「君がその管を引き抜いたところで、その後に君の死は待っていないよ。
どんなことをしてでも、私が止めるから。
だからもし君がその管を引き抜くと言うのなら、弟だけが死ぬことになるね」
どうして、彼はこんなことを言うのか。
どうして、放っておいてはくれないのか。
「な…んで…」
震える声で訊いた。
「私の言ったことを忘れたのかね?」
何?
彼の言ったこと?
彼が俺に何を言ったというのだろう。
答えが解らずに彼の顔を見つめれば、彼はわざとらしく溜息を吐く。
「君は酷いね。
私は何度も君に『愛している』と告げたのにね」
何を言っているのだろう。
彼は、何を今言っているのだろう。
彼の言うように、何度も『愛している』と告げられた。
でも、本気にしたことなど一度もなかった。
本気にできるわけがない。
嘘だと解る笑みでそんなことを告げられても、本気にするやつなどいない。
「…からかってただけだろ」
「失礼な。本気だよ」
その言葉に怒りを感じた。
「誰が嘘臭い笑みで告げてくる言葉を信じるっていうんだ。
それに…もし仮に本気だったとするなら、俺の望むようにさせてくれ」
最後は懇願じみた声になってしまった。
もう、怒りを感じることもしんどいのだ。
早く、楽になりたい。
解放されたい。
「優しいだけが愛じゃないよ」
酷く穏やかな声がそう告げた。
思わず振り仰げば、彼は静かに笑う。
「結局は、愛なんてエゴでしかない。
エゴの押し付けだよ。
それを互いに許容できるかどうかってことだ。
だから、時として愛は残酷にもなる」
「…俺はアンタのエゴを受入れられない」
「きっぱりと言い切るね」
彼が苦笑する。
「俺は、アルだけでいい」
アルだけに、俺のエゴのすべてを向ける。
彼の言うように、俺もアルにエゴを押し付けているだけだ。
そしてそのエゴを、アルは受け止めるしかない。
アルは選ぶことすらできないのだから…。
「君は解っていないね。
アルフォンスくんが選ぶことができないように、君も選ぶことはできないよ」
呆れながら、彼が言う。
「何…?」
「だから言っただろう。
君がアルフォンスくんを殺してしまっても、私は君を死なせるつもりはない、と」
「…最低だな」
「そうかな。
でも、君がしようとしてきることと何が違う?」
その言葉に、何も言えなくなる。
本当に、その通りだから…。
「違わない。
でも、もう疲れたんだ。
ひとりですべてを放棄したいけど、それだとアルの意識が戻った時アルはひとりになってしまう。
そんなことはできないから。
間違ってるのかもしれない…いや、きっと間違っているんだろうな。
でも、俺はもう無理なんだ。本当に、疲れたんだ」
だから好きにさせてくれ、と懇願する想いで彼に告げた。
だけど、彼は解ってくれない。
「どれだけ君が強くそれを願ったとしても、私は叶えてあげる気などないよ。
君の好きなようにさせてあげたいと思わないでもないけれど、
そんなことをすれば、私が君を失ってしまうからね」
彼を責める言葉が見つからない。
彼のしようとしていることは、自分と何ら変わりがないのだから。
方向が一致しないエゴの押し付けを、俺も彼もしている。
楽になりたい、ただそれだけなのに。
そう思うことすら、過ぎた願いなのだろうか…。
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