抱きしめた小さな身体から子どものぬくもりを感じる。
子どもから離れてくれとさえ思っていたのに、今抱きしめた腕の中にいる。






No distance with him.






「……ない」

子どもが何か呟く。

「何がないのかね?」

「距離。大佐との距離。
 考えることすら愚かだと思ってたから…」

見上げてくるその目が潤んでいて、愛しさにまた静かに口付けを落とす。

「距離などないよ。もうないから」

「うん。知ってる」

頷く子どもは、さらに距離を埋めるようにしがみつく。




「俺、明日また旅に出るから…」

決心した声が告げてくる。
その言葉に解ってはいたけれど、落胆は隠せない。

「……そうか」

「うん。まだアルの身体取り戻してないから」

そこに失った手足が含まれていないことが、子どもらしい。
もっと子ども自身のことを考えて欲しい、と思うのは無理なのだろうか。

「君は自分のことはどうでもいいんだね」

「何?」

「…いや、何でもないよ。
 それより、旅立ちは明後日ではないのかね?」

「どうして?」

「明日は、私のもとに情報を聞きにくるんだろ?」

にやりと笑えば、子どもは首を傾げる。


「今教えてくれるんじゃねぇの?」

「教えるわけないじゃないか。公私混同は避けるべきだよ」

「公私混同って…」

「今はプライベートの時間だから、教えられないよ」

言いながら、頬に口付けを落とす。

「…プライベートって、ここ思い切り仕事場なのに」

憮然と子どもは呟く。

「仕事は終わったのだから、プライベートな時間だ。
 それに、私がプライベートだと言ったら、例え仕事中でもプライベートな時間になる」

そう告げれば、子どもは呆れた顔をする。
けれど、納得したのか笑った。




「解った…。明日また来る」

その言葉に、動けなくなる。
それは昼に来た時に、子どもが去り際に言った言葉と同じだった。

「大佐?」

「本当に?」

あの時の子どもの顔を思い出してしまった。
本当に、子どもは来るのだろうか。
今子どもは腕の中にいるというのに、それでも不安になる。
問い掛ければ、子どもは訝しむ視線を寄越す。

「大佐?」

「本当に、明日また来るのかね?」

何を馬鹿みたいに恐れているのか、と思わないでもない。
けれどこの子どもに関しては、手に入ったと信じることが難しい。

それほどの存在なのだ。
そして、そういう関係でしかなかった。

子どもは言わんとする意味を解ったのか、笑った。



「来るに決まってるだろ。情報貰わなきゃ前に進めない」

その言葉に、その笑顔に、やっと安堵する。

子どもがじっと見つめてくる。

「鋼の?」

問えば、子どもは手を伸ばしてきた。
その手は頬に触れ引き寄せられ、掠めるような口付けをくれた。

「絶対に、明日来るから」

触れて、目を見て話し、そして子どもは笑う。

思えば、長い間ずっと子どもの顔を見ていなかった。
子どもはいつも俯いたままだった。

子どもを久しぶりに、今見ている。
以前のように、感情をぶつけてくる。
その事実に、新たな互いの距離を実感した。

「あぁ、待ってる」





嬉しさが溢れ、再び口付けを落とす。
子どもに触れ、そのぬくもりを感じる。

この距離こそが、互いの距離。
彼に触れられる距離に自分いる。

距離の取り方が解らないと、触れたいのに触れられないと思っていた。
何を望んでいるか問うたところで、答えもでなかった。
そんな距離だと思っていた。
覆しようがないと思っていた。

けれど、今は違う。。
伸ばせば子どもに触れられる。
そんな距離に自分はいる。


――それが、彼と自分との新たな距離。




 

04.07.02 『No distance with him.』=彼との距離はない。
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