重厚な机。
それが、彼と自分との距離。







Distance with him.







「旅の成果は?」

問う彼の表情は、逆光で見えない。

「相変らず」

「そうか」

「…報告書」

手にしていたそれを渡して下がった。
彼は作った笑みを向けて受け取る。
そんな笑みなど見たくないというのに。

けれど、それを言葉にする術を知らない。
ただ、子どもみたいに顔を逸らすことしかできない。
その態度をどう取ったのか解らないけれど、小さく笑う気配が伝わってきた。


いつもこうだ。
誰か他に人がいれば生意気な態度も取れるというのに、ふたりだけだと言葉を忘れてしまう。
何かを言おうと思うのだけれど、それが何なのかはいつも解らない。

あからさまに違う態度だというのに、一度も彼はそれについて問いただすことはない。
いつも、小さく笑うだけ。
呆れているのだろうか、馬鹿にしているのだろうか。
けれど考えたところで、それがどんな意味を持つのか自分は知らない。
彼の顔を、いつも見れないから。



ぱらぱらと紙を捲る音だけが響く。
目はそれを追っていると解っているのに、それでも彼を見ることができない。
彼と自分とを隔てる重厚な机を見るだけ。

自分と机との距離を入れると、彼との間には2メートル程の距離。
手を伸ばしたところで、触れられない距離。

そこまで考えて、思わず笑ってしまった。
自分は、彼に触れたいのだろうか。
そして、気づいてしまった感情。

愚かだ、と思った。






「鋼の?」

訝しむ声がかけられる。
視線を上げたところで、表情は逆光のせいでよく見えない。
思えば、いつもこの状態だ。
彼に会う時間帯を無意識に計算でもしているのだろうか。
彼の表情が見えないように。

だとしたら、本当に自分は愚かだ。
逆光でなくても、禄に彼の顔を見れないというのに。
自嘲の笑みが漏れる。

「どうかしたのか?」

「いいや、何もないよ」

「そうか」

彼はまた、視線を落とす。
自分もまた、机に視線を落とす。




彼と自分を隔てる距離。
それは机との距離などという物理的なものではなく、
笑うしかないことに心の距離だということを、先ほど知った。
彼へ向ける想いの名に気づいた。
けれど、気づいたところでどうしようもない。

望むものはひとつだろ?
弟の身体と自身の手足を取り戻すこと。
それだけでも大それたことを望んでいるというのに、それ以上何を望むというのか。

しかも、相手は彼だ。
望むまでもなく、答えも結果も見えている。





ならば、望むな。
距離を、思い出せ。
彼と自分との距離を。

目に映しているこの距離こそが、互いの距離。
彼に触れられる距離に自分はいない。


――それが、彼と自分との正しい距離。







04.05.20 『Distance with him.』=彼との距離 BGM:「Beginning」
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