一度学校から家に帰り、身支度を整える。
非合法のカジノとは言え、ノータイでは入れてはくれない。
何度も着ているというのに、タキシードは似合わなくて嫌い。
それに鏡でチェックする度に、自分とは違って嫌味なくらいに着こなしていた男を思い出すから嫌い。
What is the thing to believe? 1
乱れた心を落ち着かせるために、コートからスラックスのポケットに移したコインを握り締める。
このコインすら、彼から貰ったモノだとは考えないで…。
強く目を閉じゆっくりてから見開けば、鏡に映っているのは自分の姿。
大丈夫。
今日もちゃんと稼げる。
欲しいモノに少しだけ近づける。
そう自分に言い聞かせて、家を出た。
1時間かけてカジノのあるビル街にたどり着く。
この高級さを醸し出しているビルの一角で、非合法カジノが開かれているなんて誰が思うのだろう。
世の中、平和だというけれど、平和だけでは生きていけない人間もいるのだ。
俺もそんな中のひとり。
タイを締め直し一歩ビルの中に踏み込めもうとすれば、名を呼ばれた。
振り返ると、顔見知りのストリートボーイが駆け寄ってくる。
「キース?
まだお前の稼ぐ時間には早いじゃねぇか」
キースは金持ちどもが行き交うこの街で、スリをして生計を立てている。
日は落ちたとは言え、彼が獲物としている酔っ払いはまだ少ない。
「仕事じゃねぇよ。
さっきカジノの常連共が離しているのを聞いたんだ。
お前、もうあのカジノで稼げない」
息を整えながら、キースが告げる。
「…どういうことだ?」
「新しいディーラーを雇ったって言ってた」
「そんなのいつものことじゃねぇか。
どんなに腕の立つディーラーを雇ったところで、俺は負けない。
小細工なしの運勝負で稼いできたんだ、だから誰を雇っても同じだ」
お前だって知ってるだろ?、と笑っても、キースは納得しない。
「でも、そいつ今までのヤツとは違うって言ってた。
あの強欲のオーナーが持っていた別荘すべて売って雇ったくらいなんだぜ」
「オーナーが別荘を?」
あの強欲の塊としか言えないオーナーが別荘を売った?
それもすべての?
そこまでして雇った相手か…。
それは、是非とも拝まなくてはな。
「へぇ…。
オーナーがそこまでして雇った相手となれば、楽しみだな」
口元に笑みを浮かべれば、キースが止めようと腕に縋る。
「エド、本当に今回はヤバイって!
お前絶対負ける。
十分稼いだだろ?
もうこんなコトから足を洗えよ」
十分稼いだ?
全然だ。
まだ、全然足りない。
稼がなくちゃいけないんだよ。
だから――
「キース、足なんて洗えない」
笑って言えば、キースは何故か傷ついた顔をした。
縋るように掴まれていた腕が、ゆっくりと外れる。
「忠告ありがとな。
今日もどうせ勝つから、後で何か奢ってやるよ」
止めていた足を再び前へと動かす。
キースは何も言わなかったし、引きとめようとしなかった。
ただ俺は、物言わぬ彼の視線を背中に感じていた。
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