カジノの開かれるビルに踏み出し、受付に名前を告げる。
それから渡される秘密の地下へと続く鍵。
いつもと同じの光景。
けれど、視界の端に映ったいる筈のない人物。
渡された鍵が音を立て滑り落ちた。
What is the thing to believe? 2
耳障りな金属音を立てて、鍵が落ちる。
その場にいた誰もが、こちらを見る。
彼も、俺を見た。
そして、笑った。
3年前まで見ていた笑顔と同じ、穏やかな笑みで。
けれど、俺は笑えないでいる。
ただ呆然と彼を見つめる。
彼が隣にいた男――オーナーに何か告げて、近づいてくる。
それなのに、俺は未だに動けない。
近づく彼を見つめるだけ。
「久しぶり」
彼は過去には何もなかったかのように、気軽に声をかけてきた。
それなのに、俺は未だに立ち尽くしたまま。
「荒稼ぎをしているみたいじゃないか。
私のあげたコインは、君に幸運を呼び寄せ続けているみたいだね。
でも、限度を越えたみたいだ。
オーナーが君を止めるようにと私を雇ってきたよ。
莫大な金でね」
彼は笑みを浮かべ話す。
彼の言葉が聴こえる。
けれど、それは心へと届かない。
「エド、聴いてるかい?」
聴いている?
聴こえない。
何も、聴こえない。
逃げたいのに、足が動かない。
目を逸らしたいのに、それすらもできない。
「酷く驚いているみたいだね。
そんな状態では、コインを使っても運は呼び込めないよ。
今夜のカジノには行っても意味がないね。
私が送ってあげよう。
君がカジノに行かなければ、私も働かないでいいみたいだからね」
そう言って彼が、俺の肩を抱く。
ふわりと僅かに香る香水。
それは、昔俺が彼に送ったのと同じ香り。
その香りに張り詰めていた気が緩んだのか、呻くような声が漏れた。
その隙をついて、彼が訪ねる。
「家は何処かね?」
「………イースト…シティ…の……家」
自分の意思と反し震える声が答えれば、俺を抱く手がぴくりと揺れた。
「……引っ越していると思ったよ」
それは今まで浮かべていた彼特有のポーカーフェイスの笑みでも声でもなく、
驚きがあらわにされた表情であり、声だった。
← Back Next →