甘い香りで身を包む女に、甘い言葉を捧げる。
女も笑って、キスで答える。
戯れのように愛を囁いて、戯れのように成立する関係。

そんな関係を持っていた女も、目の前にしている女が最後。
そして、この女にも今、終わりを告げられようとしている――






Rain and two abandoned cats.






いつものように甘い言葉を捧げて、女も笑って楽しんでいた。
けれど、「愛してる」と言った途端に、
首に絡まっていた手は解かれ、冷やりとしたした視線を寄越した。
ここ数日間の他の女と同じ態度。
これから告げられる言葉も、恐らく同じなのだろう。


「…終わりにしましょう」

ほら、やはり同じだ。

「理由を訊いてもいいかね」

「訊くまでもないんじゃなくて?」

「…解らないんだよ」

苦笑で答えれば、女は艶然と笑む。

「セックスはお互いに楽しむものよ」

「同感だね。
 それでは、もう私とは楽しめないってことかな」

「そうよ」

「どうして?」

「あたしを見ない相手と寝ても、楽しめないからよ」

「……」

「黙るとこをみれば、少しは自覚はあったのかしら?」

「君と同じことを、他の女性にも言われたからね」

「今の決定的ね」

少し驚きながらも、女は楽しそうに笑った。

「何が?」

「あなた、今まで他の女のことなんて言わなかったじゃない。
 他に女がいたことは知っていたけれど、
 それでもあたしと会ってる時は、あなたの中であたしが一番だったわ。
 でも、今は違う。
 あたしを目の前にしてるのに、他の女と同列に扱ったわ。
 あたしたちより、一番の存在ができたってこと。
 そんな相手とは、楽しめない。
 だから、終わりにするの」

女の言葉に、ため息しか出ない。

「ポーカーフェイスは得意だったのだけどね」

「女を甘く見るな、ってことよ。
 じゃ、本命によろしくね」

それだけ言うと、女は部屋を出て行った。







まったく、関係を持っていた女全員に、同じ態度を取られるとは…。
趣味がいいというか、後腐れがなくてよかったと喜ぶべきか…。


考えることを放棄してベッドに倒れこんだ。
薄暗いオレンジの照明が、室内を柔らかな明かりで照らす。
目を閉じてもぼんやりと明るく感じられたが、いつしか、あの強烈なまでの金の色彩に変わっていた。


どうして、あの子どもなのか。





目を閉じれば、金の色彩の子どもが現れる。
だから、眠れない。
何も感じず眠りたいと思うのに、子どもの影がチラついて禄に眠れない。
紛らわす唯一の方法は、女と寝ることだったが、
子どもの影が大きくなるにつれ、女は何かを気づき離れていった。


もう、他に女がいない。


その辺で声をかければすぐにでも得られると解っていても、それをする気はない。
色街で女を買う気も、もうない。
ただ、ゆっくりと眠りにつきたい。

けれど、安眠を与えてくれる唯一の人物にはとても頼めない。





何度目か解らぬため息を吐いてホテルを出たら、外は雨だった。
霧雨が、頬を濡らす。
労わるように、優しく降り注ぐ。

車をまわす気になれず、雨の中帰路につく。
遠回りしたい気分で禄に知らぬ道を歩いていけば、気がついた時には路地裏に迷い込んでいた。
あたりを見回しても霧雨のせいで視界がぼやける中、ぽつんぽつんと外灯の明かりが見えるだけ。
歩き回ったところで、大通りにでも出るのは大変そうだ。

それなら、いっそここで朝を待とう。
この雨も朝までには止みそうだし、朝になれば誰か人には会うだろう。
都合のいいことに、明日は数ヶ月ぶりに丸一日非番だ。
明日一日かけて、家に辿り着けばそれでいい。


もう、疲れた。
眠れないのなら、せめて休みたい。




ずるずると壁に寄りかかりながら、路地裏に座り込む。
背中をじわりと濡らしていく不快な感覚すら、何処か遠い現実。

滲む視界に揺れる、外灯のオレンジ。
目を閉じれば浮かぶ、金の子ども。

柔らかな光を放つ現実と、強烈な光を放つ幻。

…もう、勘弁してくれ。






04.06.07〜06.12 『Rain and two abandoned cats.』=雨と2匹の捨て猫。 Back   Next