掴まれた手の痕がくっきりと残る手首に、祈るような口付けを――







A prayer of the last.






「どういうことかね」

問う彼の声は、少しだけ怒りが滲んでいた。
それなのに、答える自分の声は平坦なもの。

「そのままの意味だよ。終りにしようって言ってんの」

「理由を訊いても?」

「言わなきゃいけない?」

「そうだね、納得がいくものだったら考えるからね」

「何を考えるんだ?」

「鋼の?」

「俺は終りにしよう、って言ってんだ。
 それだけで十分じゃねーか。
 どうせ、互いに遊びだったんだろ?」

笑って言えば、彼は僅かに目を見開いた。



「…遊び、だったとでも?」

「問うまでもなく、遊びでしかないだろ」

「君はそうでも――」

続く言葉を遮るように、言葉をかぶせた。

「アンタ、女が好きなんだろ。
 男でガキに手を出すなんて正気じゃない」

「…本気で言ってるのか」

「これ以上ないくらいにね」

目を見据えて言い捨てる。
彼も一度ため息を吐き、ゆっくりと俺を見据えた。


「鋼の、何があった?」

「何が?何もないよ」

「嘘をつかないでくれないか」

静かに見据えてくる黒い目に吸い込まれそうになる。
そして、何もかも洗いざらいに話しそうになる。
けれど、そんなことはできるわけはない。
ただ自分にできることは、嘘だとバレぬように嘘を吐くことだけだ。
だから、目を逸らさず、笑みさえ浮かべ言い切る。


「嘘なんてついてない。ただ、飽きたんだ」

彼はゆっくりと瞬きをして、笑った。
背筋が凍るかと思うほどの冷ややかさをもって。

「そうか。
 鋼のは遊びだったということだな」

酷く落ち着いた声で問われる。
それに恐怖を感じ一歩後退る。
彼は、答えぬ自分を無視して続ける。

「けれど、私は本気だったよ」



血が、ざわめいた。
嬉しさと、それを上回る恐怖。
答えるも何も声など出ずに、さらに一歩後退る。

彼は笑みを浮かべたまま、一歩近づく。
限界だった。
振り返りドアへと駆け寄る。
早く彼から逃げなければ、と思うのに、震える手は上手く扉を開けてはくれない。
背後に近づく彼の気配。
早く、早く。
震える手を叱咤し、漸くドアノブが回り外へと飛び出す。

けれど、それは一歩しか進まなかった。
彼が、左手を痛いほどに掴んでいる。



思考が、混乱する。



手を振り解かなければ。
早く逃げなければ。
そう思うのに、手を振り解くことも、逃げる足を強めることもできない。
その場に固まったように動きが止まってしまった。

彼は掴む手に力を込めた。
そのおかげで、我に返り振り返る。

「っ放せよ!」

「どうして?」

飽くまで落ち着いた声で、笑いながら問い掛ける。
あの冷たい笑みと共に。

「…もう…終わりに…するから」

声が情けないことにも震えた。

「鋼の。
 私は、本気だと言ったろ。
 だから、手放す気はないよ」

「でも、俺は…」

「君の気持ちなんて、もういいよ。
 私が手放す気はない、と言ったらないのだよ」

言いながら、掴む手に力が込められる。
彼は想いを解らせようとしたのだろうけれど、皮肉にもそれは違う意味で自分に力を与えた。
怖いと怯える気持ちは、霞んで消えた。


「大佐、でも俺は無理だから」


きっと自分は笑って言えた。
彼は驚いたのか、手を掴む力が緩む。
その一瞬をついて、逃げ出した。
彼は、追ってはこなかった。






04.05.27 『A prayer of the last.』=最後の祈り。 ← Back   Next →