そこには、ふたつの色しか無かった。
草原を埋め尽くす雪の白と、それによって映える血の赤。
そして、俺とサスケのふたりがいた。
サスケの修行に付き合った帰り道、喰い荒らされた兎の死体を見つけた。
サスケが立ち止まり、その屍を見下ろす。
その間にも、降り出した雪は強くなっていく。
兎の屍をゆっくりと覆っていく雪。
それを、サスケはじっと見ている。
「サスケ、吹雪いてくる。
早く帰ろう」
サスケは、それでも兎を見ている。
「サスケ?」
「…き」
「何?」
「…椿だ」
「椿?」
兎から視線を逸らさず、サスケは答える。
「雪で覆われても、血の色は消えないんだな。
昔、家の庭で見た寒椿みたいだ。
あれも、どんなに上から雪が降ろうとその色彩を放っていた。
この血も、あの椿も一緒だ。
どんなに隠そうとしても、隠し切れない。
椿は静かに主張するんだ。
血も、同じように主張する。
…アイツが言ってたよ」
「サスケ…」
「それを聞いて俺は、アイツみたいだって思った…」
「…」
「…悪い。
なんか、俺おかしいな。
帰るか…」
そう言って、先を歩き出す。
けれど、数歩歩いて振り返った。
「アンタも、椿みたいだよ」
少し哀しそうに笑って、またひとり先を歩き出した。
目の前の寒椿をふたり並んで見つめる。
白と赤。
どんなに雪が覆い尽くそうとしても、この赤は埋もれない。
それは、まるで揺るがない炎。
この炎にサスケは誰を見るのだろう。
やはり、兄なのか、それとも俺なのか――。
「兄さん、寒い?」
裾を引っ張りサスケが訊いてくる。
「いや、寒くないよ。
サスケこそ、寒いだろ?
そろそろ帰ろうか」
「うん。
手を、繋いでいい?」
「いいよ。ほら」
差し出した手に、サスケはギュッと捕まると、俺を見上げ笑った。
差し出した手を取るサスケ。
この子どもは俺の知るあの子どもではないと、改めて思い知らされる。
「サスケ…」
俺の知ってるサスケを呼ぶ。
「何?」
けれど、俺の知らないサスケが答える。
「サスケ…」
「兄さん、何?」
不安そうに見上げる目。
繋いだ手に力を入れる幼い手。
どこを見ても、知らないサスケばかり。
「なんでもないよ。
さぁ、帰ろう」
幼いその手を強く握り返して、ふたり歩き出す。
雪が静かに全てを覆っていく。
けれど、振り返った椿の赤は鮮やかなまま。
サスケも、椿だったらよかったのに。
作り上げた甘い幻想の中に埋もれることなく、
サスケという色彩を放つ椿だったらよかったのに。
けれど、サスケは違った。
サスケは埋もれてしまった。
もう、サスケには二度と会えない…。
壊れてしまったサスケ。
俺を知らないと言うサスケ。
俺をイタチだと言うサスケ。
俺の、知らないサスケ。
そんなこの子供を想うこの感情を何と言うのだろう。
俺の愛したサスケはこの子どもじゃない。
けれど、この子どもに何らかの情を持っているのは事実。
見捨てれないのも、離れられないのも、事実。
これは愛なのか、情なのか。
壊れてしまった君を見て、思うのはそのことばかり……。
2002.07.24〜07.30
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