Message
「自分のために買ったんだ」 そう言ってアンタは、鳥籠に入った小さな白いインコを見せてくれた。 小さな鳥は、俺を見ては不思議そうに小首をかしげる。 そして、その首には銀製のカプセルがついた首輪がはめられている。 「何? 首についてるカプセル」 「…が迷子になった時、道を失わないように、帰る場所が書いてあるんだ」  主語がよく聞こえなかったけど、たぶん鳥の名前でも言ったのだろう。 「ふーん。  でも、風切羽切ってるから、この鳥もぅ飛べないじゃん」 「…まぁね」 アンタは曖昧に笑った。 「で、自分のため? アンタが?」 嘘だろ? 似合わないにもほどがある。 何かを可愛がるなんてのは、アンタには似合わないんだよ。 だから、はっきり言ってやった。 「似合わない」 その言葉に対して、アンタは気を悪くするでもなく、 静かに笑うだけだった。 「知ってる。  でも、いいんだよ。  自分のために買ったんだから…」 相変らず、静かに笑うだけのアンタは、 どこか影が薄く、今にも消えてしまいそうだった。 「どこにも行くなよ」 考えるより先に、知らず言葉が出た。 「…何が?」 それでも、静かに笑い続けるアンタは、もぅ俺の声が届かないことを悟らせた。 「もぅ、いいよ…」 「そぅ」 静かに、静かに笑うアンタは、 自分の中でだけ何か答えを出しているようだった。 俺の言葉なんて届かなくて、俺の前から消えてしまいそうだった。 そうなることが、恐かったんだ。 だから、アンタから逃げた。 でも、それが間違いだったんだ。 例え、アンタが目の前から消えようとも、傍にいなければならなかった。 本当にアンタがいなくなるなんて思わなかった。 もぅ、二度と会えなくなるなんて、死んでしまうなんて、思ってもみなかった。 死体となったアンタに会えることもなく、アンタは灰へと変わった。 残されたのは、アンタの家と鳥籠に入った白いインコ。 「なぁ、お前の名前は何?  結局、聞かないままだったよな…  そもそも、あいつはお前に名前をつけてたのか?」 物言わぬ小鳥は、静かに小首をかしげては瞬きをするだけ。 「勝手に死ぬなよ。 なぁ、カカシ…」 「サスケ」 ふいにカタコトの声で、名を呼ばれた。 見ると、小鳥が静かに見つめ返してくる。 「…お前?」 けれど、小鳥はすぐにまた不思議そうに小首をかしげるだけ。 この家には、自分とこの小鳥の気配以外は何もしない。 だから、あの声は絶対にこの小鳥の声。 今まで何も話さなかった鳥が、何故急に話し出したのか? 一体、何に反応をした? さっき、俺はなんと言った? 思い出せ。 『勝手に死ぬなよ。 なぁ、カカシ』 『カカシ』? 「『カカシ』?」 「サスケ」 小鳥が、カタコトの言葉で名を呼ぶ。 「カカシ…、カカシ…」 何度も、何度も繰り返す。 嗚咽混じりに、何度も何度も…。 小鳥も同じだけ繰り返す。 何度も何度も俺の名を呼ぶ。 アンタは、本当に嘘つきだよ。 何が自分のためだよ? 俺のためじゃなないか。 アンタがいなくなった時に、 少しでも俺の哀しみを減らすためにこの鳥を買ったんだろ? 「カカシの馬鹿野郎…。  くそっ!   一度も言わなかったけどな、…愛してたよ」 その言葉に、小鳥がまた反応した。 「サスケ。 ゴメンネ。  クビ ノ カプセル ヲ ミテ」 何? カプセル? 混乱する頭の中、それでも手はインコの首へと伸びていく。 カプセルを開けると、手紙が入っていた。 『サスケへ。    ごめんね。  この手紙をサスケが見るときは、俺はもぅ死んでるんだろうな。  ごめんね。   俺のこと忘れたほうがサスケのためだけど、忘れて欲しくない。  いつか、俺がこのカプセルの中に、  『道を失わないように、帰る場所が書いてある』って言ったの覚えてる?  あれはね、鳥のことを言ったんじゃないよ。  サスケのことを言ったんだ。  でも、帰る場所なんて、本当は書いてない。  逆に、迷わすことしか書いてない。  けどね、嘘じゃないよ。  サスケの帰る場所が俺だったらいいなって願望だったんだ。  先に死んだやつが何言ってるんだって思うかもしれないけど、本当にそう思ったんだよ。  ごめんね。  この鳥で縛りつけようとする俺を、許してくれとは言わない。  この鳥を手放してくれてもいい。  俺の我侭だから…。  でも、サスケがこの手紙を見つけてくれたってことで、 本当は十分なんだ。  サスケは、何もなかったら、このカプセルは開けなかっただろ?  サスケ。  俺も愛してたよ。』 手紙の最後の言葉に、小鳥が何に反応したのかが解ってしまった。 『俺も愛してたよ』 『愛してた』に反応するように、カカシが教え込んでいたんだ。 アンタはいつでも言ってくれたのに、俺は一度もそれを言わなかった。 それをキーワードにするなんて、アンタ馬鹿だよ…。 俺が一生この鳥に向かって言わなかったら、アンタの気持ちは聞けないままだった。 アンタはそれでよかったのか? 聞いて欲しくなかったのか? って、本当は聞いてほしくなかったのかもな。 小鳥を買ったのは、自分のためだと言いつつ、 本当はアンタがいなくなった時に、俺の哀しみを軽くするためだと 俺が勝手に解釈してたほうがアンタはよかったのかもな。 だから、 俺が一度も言わなかった言葉をキーワードにしたんじゃないのか? そう思いながらも、 例え死んでいても、俺から『愛してた』と聞くのと引き換えに、 真実を話してもいいと思ったのかと、都合のいいことを思ってしまった。 それほどまで、自分の想いが重みのあることだったと、思いたかった…。 でも、結局答えなんて解らない。 アンタは、もぅ死んでしまったのだから…。 「カカシ…カカシ…」 「サスケ…サスケ…」 壊れたレコードのように、何度も何度もアンタの名を呼ぶ。
2003.02.27 2003.08.18 「白いインコ」から「Message」に改題。 Back 凡人(ガイド)が、 『野生の九官鳥がいます』と言ってから、何故か思いついたSS。 インコが話すのかはうろ覚え。