頬に触れるアンタの手はとても冷たくて、死が間近なのを否応なく感じさせた。
届かなかった声
目の前に広がる光景が、現実なのか夢なのか解らなかったんだ。
血塗れで倒れているアンタなんて想像もつかなくて。
「…スケ。サ…ス…。サ…」
息も絶え絶えの声で呼ばれる。
その声がアンタの死を感じさせて、逃げ出したくなった。
踵を返してこの穴ぐらから逃げ出し、あの太陽の下に出れば、
何もかもが嘘だと誰かが言ってくれる気がした。
そんな愚かで都合のいいことを願ったんだ。
でも、掠れる声で呼びかける声は、どうしようもなく現実で、
そんな愚かな願いなど叶わぬことを思い知らせた。
けれど、
これがどうしようもない現実と知った今でも、
駆け寄って、アンタの傍に行くことはできなかった。
まだ、どこかで嘘だと思いたかった。
信じたかった。
愚かな俺の願望だったんだ。
「…ケ。…サス…。…サ」
切れ切れの声は、時間の猶予がないことを感じさせ、
もぅ愚かな願いに縋る逃避なんてできなくて、走ってアンタの傍にひざまずいた。
「なぁ。おい…」
それに続く言葉が見つからなかった。
『頑張れよ?』
もぅ長くはないと解っているのに?
『死ぬなよ?』
意志だけでどうにかなるものでもないのに?
「…サス。…サ…スケ。…ケ」
何度も何度も俺の名を呼ぶアンタ。
焦点は定まらず、俺が傍にいることすら気づかない。
それでも、アンタは俺の名を呼び続ける。
投げ出されたままの手をとり、自分の頬に当てた。
その手は、ひどく冷たかった。
「いるよ。ここにいるから…」
手の感覚をなくしたのか、それでもアンタは気づかない。
ただ、切れ切れの声で俺の名を呼び続ける。
涙が出た。
その涙は、頬を伝いアンタの手へと伝わっていく。
それでも、アンタは気づかない。
ねぇ、俺を見てよ…。
感覚をなくしたアンタの手に、少しでも気づいてくれと、
強く強く握り締め、頬に押し付ける。
そうすると次第にアンタの手は、熱を持ち始めたんだ。
でも、それはアンタ自身が熱を取り戻したのではなく、ただ俺の体温が移っただけ。
解ってる。
解ってるけど、解らない振りをして、強く強くアンタの手を握り締めた。
俺を呼ぶ声は次第に小さくなり、静かにアンタは息をひきとった。
最後まで、何度も何度も俺の名を呼んでいたくせに、俺の存在に気づくこともなく。
なぁ。
アンタは一体誰を見ていたんだ?
俺はずっとアンタだけを見ていたのに。
最期まで傍にいてアンタだけを見ていたのに。
それでも、アンタは俺に気づいてはくれなかった。
生きていたときも、最期の瞬間までも。
なぁ。
アンタが求めた『サスケ』は俺じゃなかったのか?
最期の最期まで俺の名を呼び、求めたくせに、結局、アンタは俺を見てはくれなかった。
けれど、それでもやっぱり、俺はアンタを求めてしまうんだ。
だから、少しずつ冷たくなっていくアンタの頬に触れ、静かに最初で最後の口付けをした。
アンタが求めた『サスケ』からのものじゃないかもしれない。
けど、アンタを求めた『サスケ』からの静かな告白だった。
もし、アンタにこの思いが届いたのなら、アンタはどう思うのだろう…。
2003.02.23
2003.05.28「Who is seen?」から改題。
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