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恋なのか、愛なのか、 単に、ただの執着なのか―― Fate like darkness. 「アンタ、これで何回目?」 病院の屋上の鉄柵に肘を付き、 沈む夕陽を見ていたら、唐突にそんな言葉を言われた。 「さぁ?」 やる気投げに返せば、溜息を吐き出される。 「うまくいかないと思ってた。 別に、男同士だからとか言わないわよ。 こんな仕事してたら、腐るほどそういうヤツいるし」 あー、そうですね。 野郎ばかりの長期任務とか、溜まってやりあうって言うしね。 俺は経験ないけど。 でも、じゃあ何? 教師と生徒だから? 口を聞くのも面倒で、黙ったままに心の中で訊いた。 それをきれいに読み取ったのか、タイミングよく紅が答えた。 「生徒だから、でもないわよ。 アンタに道徳心なんて期待してないわ」 手痛い言葉をありがとう。 知ってたけど、他人に改めて言われると結構くるね。 でもそれでもないと言うのなら、本当に何? 他に何かあったっけ? 「アンタとあの子はね、愛して欲しいと求めてばっかりの子どもだからよ」 あまりの予想外の言葉に、黙って心の中でも反論もここまでに。 「…何それ?」 「言葉通りの意味。 互いにいくら想いあってても、求めてばかりじゃうまくいくはずないわ」 ずけずけと人の嫌がることばかり言う女が、珍しく静かに言い放った言葉は、 相変わらずずけずけとしたものだったけど、あまりにも予想外であまりにも的確だった。 驚きと共に、漏れる苦笑。 「ねぇ、それってやっぱり無理なのかな。 ちゃんと互いに想いあってても」 弱音が漏れるのは、馬鹿みたい赤い夕陽のせい。 すべてを赤く染め上げる夕陽のせい。 「アンタは、愛して欲しいんでしょ?」 愛するより、とその言葉が言っていた。 痛烈な言葉だった。 もう話していたくなくてでも逃げる気力もなくて、 打ちのめされたように鉄柵に突っ伏した。 うん、愛して欲しいんだ。 愛することより、ずっと多くをサスケに。 大人の俺がいっぱい愛してやれればいいんだけど、俺は求めてばかり。 背負いきれないほどの枷をあの小さな背に負って苦しんでるあの子に、 俺が伸ばした手はそこから救い出す手なんかじゃなくて、救って欲しいと求める手。 そんな手を、サスケは取った。 取って、しまった。 救い出してくれる手ではないと知っていたのに、 いや、その時は知らなくても今は気づいているのに、この手を離さない。 手放せない。 そこにある感情は何だろう。 それは単に寂しさからくるものなのか、 愛情と言っていいものなのか怖くて訊けなくて、 でも離さないでいてくれるのは、少なくとも嫌いじゃないからで…。 あぁ、俺は何て自分勝手なのだろう。 打ちのめされるほどに思い知っても、 取ってもらったその手を振りほどくことなどできなくて、振りほどいてもらうことを待っている。 でも、サスケがそれをできないと知っている。 じゃなきゃ、俺のこの身勝手な気持ちに気づいた瞬間に振りほどかれている。 互いに、振りほどかれる日を待っている。 相手から振りほどかれる日を。 そうでなきゃ、 こんな苦しい関係を終われないから。 「…無理なのかな」 もう一度呟いても、紅は何も答えてくれない。 やりきれない溜息を吐いて、扉へと向かうだけ。 ギィと耳障りな音を立てて扉が開き、紅は出て行った。 扉は閉じられることなく、開け放たれたまま。 残された俺は、赤く染まる夕陽を見上げた。 どこまでも赤い夕陽。 お前が悪い。 そんな色をしているから、余計なことを考える。 何もかも覆いつくす闇が恋しい。 すべてを赤く染め上げる夕陽などでなく、すべてを隠すような闇が。 「なぁ、そうだろう?」 数瞬前から気づいていた気配に振り返って声をかければ、 問われた意味が解っていない顔でサスケが立っていた。 巻かれた包帯から、血がまだ滲んでる。 俺が、傷つけた。 「なぁ、サスケ?」 重ねて問うたところで、 サスケには意味が解るはずなんてない。 それでも、気持ちを抑えるためには聞かずにはいられなかった。 明るいところなんて、似合わない。 無我夢中で、もがいてる俺たちには似合わない。 サスケは、何が、とも聞かない。 ただ、黙って手を伸ばす。 帰ろう、と手を伸ばす。 何も聞かないサスケ。 俺を責めもしないサスケ。 ただ黒い目でじっと見つめて、帰ろうと手を伸ばす。 泣けてきた。 涙など流れないが、本当に泣けてきた。 どうして、こんな関係しか築けない? どうして、こんな方法でしか傍にいれない? 生まれるのは後悔ばかり。 でも、どこまで遡ればいい? 殴ったこと? 愛したこと? 出合ったこと? なぁ、どこまで遡ればいい? 伸ばされた手を取ることができず、 かといって、振り払うこともできず、ただ白い手を見た。 夕陽の赤から、次第に闇に包まれていく白い腕。 細い腕。 そんな腕が、俺を支える。 「運命だよ」 考えることなく口から漏れた言葉は、それ。 サスケは表情を変えることなく、じっと俺を見つめる。 「運命なんだよ」 今度は噛み締めるように呟いて、手を取るより抱きしめた。 折れそうなほどに、強く。 けれど、暴力ではない強さで。 抱きしめた小さな身体が、腕の中でビクリと震えた。 どれだけの身体的にも精神的にも傷を負わせていたのか、思い知らされる。 「なぁ、サスケ。諦めよう」 運命、だと諦めよう。 「女の子たちが望む甘い運命じゃなく、 俺たちにあるのはドロドロとしたモノだけど」 それでも運命だと諦めよう。 願ったのは、こんなモノじゃなかった。 それでも、俺たちにはこんなモノしかなかった。 甘い運命なんて知らない。 ドロドロと互いを絡め取って、沈んで行く運命しか知らない。 行き場のない思いを抱きしめる腕の力に込めれば、 腕の中でサスケは小さく息を吐き出し、強張りを解いた。 筋肉すらも落ち、 骨と皮に近くなった細い身体を抱きしめて浮かぶのはやはり後悔だけで、 運命なんて言葉で片付けられないと当たり前のことを思い知る。 それなのに、 暴力を振るう俺の腕の中で身体を預けてくるサスケが、 どうしようもなく哀れで、どうしようもなく愛しい。 「なぁ、お前。 俺に愛して欲しい?」 抱きしめたままに聞いたその言葉に、 当然そうだろう、と思う反面、 こんな障害だらけの関係の上、暴力しか与えない男に愛して欲しいものかと思った。 サスケはゆっくりと顔を上げ、俺の顔を見た。 真っ黒の瞳は、深すぎて何を考えているのか読み取れない。 自分で訊ねたくせに、 答えが返ってくることが怖かった。 「何でも――」 ない、と続くはずの言葉は、 静かな、それでもはっきりとした声で遮られる。 「愛してるだろ?」 サスケの言葉の意味が解らない。 「何?」 「アンタ、俺のこと愛してるだろ?」 続けられても、意味が解らない。 「…何、言ってんの? 俺、お前を殴ってんだよ? お前、俺のせいで何回入院したと思ってんの?」 それでも、お前愛してもらってると思ってんの? 馬鹿じゃないの? 「…さっき、紅先生と階段で擦れ違った」 少し言いづらそうに俯いて、ぽつりとサスケが零す。 けれど、それがどう関係あるのか解らない。 「サスケ?」 「アンタたちは、互いに愛して欲しがってるだけだって言われた」 ぎゅっと噛まれた唇が、痛々しい。 あの女は、子供になんてことを言うのだろう。 そう思ったけれど、きっと紅は知っていたんだろう。 サスケが俺の手を離さない限り、俺たちが終われないということを。 だから、サスケに言った。 引導を渡せと。 「…で?」 それで、お前はどういう結果に至ったわけ? 聞きたくもないのに、聞いていた。 俯いていたサスケが顔を上げれば、 そこにはやはり考えを読ませない目があった。 「愛してほしがるってことは、相手を愛してるってことにならないのか? 少なくとも、俺はそうだ。 …って、愛がなんなのか知らないけどな。 どっちかと言うと、執着なのかもしれない。 それでも、誰かに執着するのはアンタだけだ」 「…嘘吐き。 お前の執着は、イタチだけだろ?」 心が、冷え切った気がした。 「あぁ、そうだな。 イタチには執着してる。 でもだからと言って、アイツに執着して欲しいとは思わない。 執着して欲しい…と言ったら何処か違うけど、 俺を見て欲しいと思うのは、やっぱりアンタだけだと思う。 アンタは?」 違うのか?と問う声が、何処か縋るように聞こえた。 冷え切った心が温度を取り戻すと同時に、馬鹿だと思った。 最後のチャンスだったのに、 俺を突き放す最後のチャンスだったのに、サスケは俺を突き放さなかった。 「いや、そうだな。 でも、俺はお前をまた殴るかもしれないよ?」 それでもいいのか、と問えば、 仕方ないだろう、と諦めた声が聞こえた。 「今度こそ、忍を続けられない身体になっても?」 そんなことにはしたくない、と思うのに、 絶対に二度と殴らない、とは言い切れない自分が情けない。 「…運命なんだろ?」 ふっと、久しぶりに柔らかくサスケが笑った。 その笑顔が痛々しくて、もう一度強く抱きしめたら、 消毒の匂いの中、血の匂いが強まった。 それが、ただ哀しかった。 これが恋なのか愛なのか、 単なる執着でしかないのか解らない。 それでも手放せないということだけは事実なら、 運命だと諦めるしかない。 ドロドロとした未来のない運命だとしても、 それでも、俺たちふたりには手放すことなどできない。 そんな運命を選んでしまったのだから。
05.11.12~06.01.02 ← Back