それは、枷に似た―― 桜を見に行こう。 そう言われたのが、2月。 けれど桜が咲き乱れる季節になっても、カカシは何も言わなかった。 大して期待していたワケでもなかった俺も、何も言わなかった。 そして花が散り葉桜となり果てた頃、 カカシは桜のことには何も触れずただ、夏になったら海に行こう、と言った。 けれど再び、その約束は果たされることはなかった。 どんなに暑くても、カカシは何も言わなかった。 ナルトたちが海に行った、とはしゃいで言ったところで笑っていただけだった。 俺もまた、何も言わなかった。 そして暑さが一段落ついた今、カカシがまた出来ない約束を口にする。 「あの山が真っ赤に色づいたら、一緒に出かけよう」 楽しそうな声が上から降ってくる。 見上げれば、遠くの山を指差し微笑を浮かべている。 出来ない約束――、 いや、果たすつもりのない約束などして何になる? 無言で見上げる俺に気づいたカカシは、苦笑を浮かべた。 「聞いてる? あの山が真っ赤になったら、一緒に出かけようよ」 違うだろ? アンタが苦笑した意味は。 答えずにじっと見上げれば、カカシは呆れたようにため息を吐き出す。 「だからねー。 あの山が色づいたら――」 「俺は何処にも行かない」 「…サスケ?」 カカシの顔が一瞬だけ引きつった。 「サスケ、何言ってるの?」 解らない、とでも言いたげな顔をしても無駄だ。 アンタ、一瞬顔引きつったんだよ。 相変わらず、嘘が肝心なところで下手だな。 「俺は、何処にも行かない。 だから、約束で縛ろうとするな。 どうせアンタ果たすつもりなんて、全然ないんだろ?」 「…気づいてたんだ」 苦笑とも自嘲とも取れる笑みでカカシが笑う。 「…誰だって解るだろ」 「そっか。 …俺、約束って嫌いなんだよね。 期待するから。 期待ってそれが大きい分裏切られた時、辛いでしょ」 「だったら、しなければいい」 「…うん、そうなんだけどね。 でも、予定があるのは楽しくない? 希望って感じがしない?」 苦笑と照れ笑いが混じったような顔でカカシが笑う。 期待するのが辛いと言いながら、希望という言葉を口にする。 矛盾を孕んだ言葉。 不安にさせているのは、俺。 「俺は、何処にも行かない」 もう一度言った。 言い聞かせるように。 少しは安心した顔でもするかと思って顔を見上げたら、 痛いくらいに真っ直ぐに見つめてくる目があった。 「でも、いつかは行ってしまうんだろ?」 何処に?、と笑って誤魔化せるほど器用でもなく、 誤魔化されてくれるほどカカシは甘くも優しくもない。 だから、言葉に窮してしまう。 それはきっと、遠くない未来。 何処にも行かないと言ったところで、来るだろう未来。 自分から選んでしまう未来。 選ばざるを得ない未来。 口を開いても何も言葉は出てはくれなくて、ギュッと唇を噛み締めた。 それを制するように、カカシの指が唇をなぞる。 「…だから、だよ」 静かにカカシが言った。 その静かさに泣きたくなって、俯いた。 「希望って言ったのも嘘じゃないけど、本当はただ縛りたいだけだよ。 お前が、俺を置いていかないように。 約束を果たさないのも、同じ枷でしかない」 ごめんね、と続けられた。 それでも、俺は何も言えない。 言われるまでもなく、知っていたから。 約束は、嫌いだ。 カカシと同じで、裏切られた時が辛いから。 それでも、それが希望となることも知っている。 果たすつもりもない約束を、これからもカカシは口にするのだろう。 そして俺は、それが果たされない約束だと知っていても頷くのだろう。 果たされないと解っているのに、 これからもずっと約束は続けられる。 果たした時こそが、終わりを告げる時だから。 だからずっと、子供だましのように優しい偽りで現実を隠し続ける。 現実は見えているのに知っているのに、見えないふりをする。 果たされない約束ばかりが増えていく。 それでもそこにあるのは、 不安でも不満でもなく、不安定な安堵なのだろう。 まだ枷が有効だという、 まだ傍にいるという、そんな不安定な安堵。 けれどそれで安堵を確認するたびに、 そんなモノに縋るしかない、揺らぎやすい関係なのだと思い知る。
2004.10.07〜2005.10.18 ← Back