手を伸ばせば触れられるのに。
温もりを感じられるのに、
アンタの心には触れられない。






体温
沈黙が痛い。 言いたいことはあるのだけれど、どう言葉にすればいいのかが解らない。 何か言わなければいけないのに、言葉が出てこない。 どうしようもなくて、ただ俯いてアンタの足元を見ていた。 「言ってくれなきゃ、何も解らないよ」 優しくない、けれど突き放した感じはしない口調で言われた。 解ってる。 でも、どう言えばこの気持ちが伝わるのか解らないんだ。 何も言えずに、視界に入ったアンタの服の裾に手を伸ばし掴む。 言葉にできない気持ちの行き場がなくて、服を握り締めた。 ぎゅっと強く、強く、握り締めた。 そうすることで、気持ちが伝わってくれればいいのに、と愚かなことを考えた。 けれど、そんな都合のいいことは起こらず、アンタは深く溜息をはいた。 「服を握り締めたって、伝わらないよ。  言葉で言ってくれなきゃ、解らない」 解ってる。 でも、本当に自分が何を言いたいのかが解らないんだ。 上手く言える気がしない。 言ったところで本当にそれが伝えられるのか、自信がないんだ。 伝えたいのに言葉が見つからない。 だから、さらにぎゅっと服を握り締めた。 いつの間にか震えていた指先で、握り締めた。 「……っ」 アンタは何か言いかけたけど、諦めてもう一度深い溜息をはいた。 それから、俯いたままの俺の頭を引き寄せ、静かな口調で訊いてきた。 「不安?」 考えるまでもなく頷いた。 不安なのは本当だったから。 でも、その先が解らないんだ。 どうして、自分が不安を覚えるのかを伝える方法が解らないんだ。 指先の震えがさらに増す。 気を抜けば嗚咽混じりに泣き出しそうだった。 そんな俺をアンタは何も言わずに抱きしめた。 母親が小さな子どもをあやす時のように。 アンタの腕の中は温かかったけど、不安はさらに増すだけだった。 けど、何故か今なら言えると思った。 上手く伝わるかどうかは解らないけど。 「…触れられるのに。  アンタは暖かいのに。  こんなに傍にいるのに、不安になるんだ。 …アンタの心に触れることができない」 なんとか泣き出すことはなかったけど、震える声で呟いた。 相変わらず、服を強く握り締めたまま。 「……ごめんね」 哀しさを含んだ声が聞こえた。 あまりにもそれは悲痛なもので、思わず顔をあげようとしたけれど、 俺の肩に頭を押し付けられ、アンタの顔を見ることはできなかった。 「不安にさせて、ごめん。  でも、どうしたらいいか解らないんだ。  傍にいてぬくもりを与えること以外知らない。  さっきは、『言ってくれなきゃ解らない』って自分で言ったのにね。  気持ちを表す言葉を言えなくて、ごめん」 『気持ちを表す言葉が言えない』って、やっぱりそういうこと? 俺にはそんな気持ち持ってないってこと? 身体のぬくもりだけで満足できるって割り切れるほど、俺は大人じゃない。 身体も心も欲しいんだ。 さっきまで我慢してた涙が、静かに溢れ出す。 「……らない。  ぬくもりだけなんて、いらない。  心もちゃんと欲しい」 泣き声だったけど、しっかりと言った。 譲れない気持ち。 心がないと不安になる。 そんな不安な想いはもうたえられない。 抱きしめられた身体が勢いよくはがされた。 あぁ、これで終わるのかって思ったら、哀しみの中に安心している自分が見えた。 けど、別れの言葉はまだなく、俯いていた顔を上げさせられた。 初めて見る泣き出しそうなアンタの目と視線がぶつかる。 それは、あまりにも真摯な目で、何故だか自分まで哀しくなるような目だった。 「違うよ。  『気持ちを表す言葉が言えない』って言ったのは、そんな意味じゃない。  もう、とっくに心もサスケのモノだよ。  でも、あまりにそれが大事すぎて言葉にできないんだ。  言葉にしたら終わってしまいそうで、言えなかった。    今までは何も思わずに普通に言ってたのに、サスケに対してだけは言えなかったんだ。  他の奴等に言ってきた言葉と同じ言葉でなんて、気持ちを伝えられない。  そんな言葉じゃ足りないし、一緒になんてできない。  でも、他に気持ちを表す言葉なんて知らない。  だから、言えなかった」 最後に掠れる声で小さく、ごめん、と付け加えられた。 心も俺のモノ? 信じていいの? って、訊くまでもないくらいアンタは真剣だった。 心も自分のモノだって理解できたら、嬉しいより何より安心した。 だから、笑った。 涙がまだ目に残っていたけど、気にせず笑った。 「……いい。それなら、いい」 アンタも笑った。 俺と同じように少し涙目になったままだったけど、それでも笑った。 引きはがされても強く握り締めたままだった服を、勢いよく今度は自分から引き寄せた。 腕の中は温かかった。 いつもと同じように暖かかった。 けど、心に触れられらから、いつもより温かく感じられた。 気のせいかもしれないけど、温かく感じたんだ。
2003.02.05 冒頭のコトバが書きたくて書いたモノ。 タイトル付けてくれたHちゃん曰く、 今まで書いた中で「1,2を争う純愛っぷり」らしい。
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