人でなしの恋
晴れた日に、眠る君にキスを落としました。 常ならば、手が払いのけようとしてくるのに、今日はそれがありません。 だって、僕が調合した薬を飲ませたから。 だから、君は深い眠りの中にいるのです。 規則正しい呼吸を繰り返す君を抱き上げ、家を出ました。 君を抱きかかえたまま歩くのだから、道行く人は不思議そうな目で僕たちを見ます。 それに僕は、君に一度視線を寄越した後、彼らに困った顔で笑うのです。 そうすれば、道行く人は苦笑で答えるのです。 君が無茶な修業して倒れる、ということが少なくなく、 それと同じだけ、僕が君を抱きかかえて歩くということも少なくないことを、彼らは思い出すから。 そんなことを数度繰り返し、山を登り、あの崖に辿り付きました。 中忍試験の前に、君と僕がふたりで修業したあの崖です。 崖の上は相変らず何もありません。 その中を崖の先端へ向かって歩きました。 あと一歩で崖から落ちるというところで立ち止まり、空を見上げました。 そこには、どこまでも吸い込まれそうな雲ひとつ無い空があるばかり。 目を閉じ耳を澄ませば、遠くで鴉の声が聴こえました。 抱きかかえたままだった君を強く抱きしめ直し、目に、頬に、そして口にキスを落としました。 ごめんね、最期の言葉は言葉はそれだけでした。 それから、崖から飛び降りました。 君を強く、強く、抱きかかえたまま。 地上に追突するまでの僅かな間に、君の声が聴こえた気がしました。 ウスラトンカチ、と君のあの口癖が聴こえた気がしました。 深く眠っている君が言葉を発することなんて有りえないから、きっと幻聴でしょう。 本当は君の声なんかじゃなくて、鴉が鳴いただけ。 そして、その鴉は屍となった僕たちふたりを食べてくれるのです。 それから、ふたり一緒に鴉の血肉となって、空へと導いてくれるのです。 逃れたかったあの空へ導いてくれるのです。 ふたり一緒に――
2004.02.10 2004.02.24 修正 同じ内容で文体違い。いつもの文体。→此方。
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