明日、明後日、明々後日。
いつになったら、アンタ帰ってくる?
あと、どれだけ寝て起きてを繰り返せばいい?






明日、明後日、明々後日
目が覚めて一番に感じるのは、肌寒さ。 それが何を意味するのか、知っている。 けれど、確認せずにはいられない。 重い首を横に向けると、やっぱりアンタはいない。 それを毎朝自覚するたび、例えようのない苦しみに襲われる。 涙が知らず、流れる。 いつの間に自分は弱くなったのだろう。 集合場所にはまだ誰もいない。 夜が、まだ明けてもいないのに、誰もいるはずはない。 それでも目が覚めてしまったから、隣にアンタがいなかったから家を出た。 早く今日が終わればいい。 早く眠りについて、朝を待ちたい。 アンタが隣にいる朝を迎えたい。 だから、早く今日が終わればいい。 そう思うのに、見上げた空は開けの明星が鈍い光を放っている。 今日は、まだ始まってさえいない…。 「サスケくん、今日も早いのね」 突然かけられた声に振り向けば、笑うサクラがいた。 以前より少しやつれたサクラ。 目の下には、うっすらと黒いクマ。 「ナルト、まだかなー。  もうすぐ時間なのに…」 チラリと腕時計に視線を向け、それからナルトの家の方角をみやる。 道の果てに黄色い頭が揺れた。 それに気づき、サクラが駆け寄る。 「アンタ、遅いのよ!」 「そんなこと言ったって、眠れないんだってばよ…」 「…!」 その言葉に息を飲むサクラ。 自分の失言に、しまった、という顔をするナルト。 「ア、アンタそんなのあたしだって同じよ!  それに、あたしたちより…」 言葉が不自然に途切れた。 それから、自分に向けられる憐憫の眼差し。 ナルトと合わせて四つの目が俺を哀れむ。 哀れみは、以前までは侮辱だと感じていたのに、今は何とも思わない。 ただ、空を見上げた。 真昼になるにはまだ早い。 太陽はまだ頂上にすら達していない。 今日が、まだ半分も終わっていない。 「おはよー」 その言葉に、ふたりが振り返る。 声が明らかに違うというのに、ふたりはまだ何処か期待している。 期待、している。 それは、もしかしたら哀れなことかもしれない。 もしかしたら、自分も他人から見れば、哀れなのかもしれない、そう思った。 解っているから、以前のように侮辱と捉えることが、なくなっただけなのかもしれない。 振り返ったふたりの表情が翳る。 それを相手も感じているだろうに、おくびにも出さない。 だから、それに素直で残酷な子どもはつけいる。 「イルカ先生、カカシ先生は?」 中忍教師はいつもの笑顔を絶やさず答える。 「まだだよ。  任務が終わってないんだよ」 「そう…」 項垂れるふたり。 なぁ、こんな毎日が何ヶ月続いてるか、お前ら解ってるのか? いいかげん、解ってるんだろ? 影で噂にもなってる。 カカシが任務に失敗して、連絡が取れなくなっている、と誰もが言っている。 それが真実だとは言わない。 でも、カカシが連絡取れなくて、帰ってきていない、ってのは事実だろ? 期待なんか、もうやめればいいんだ。 受け止めればいいんだ。 そう思うのに、どうして自分は期待してしまうのだろう。 受け止められずに、朝を待ってしまうのだろう。 カカシが隣にいる朝を、待ってしまうのだろう。 胸がズキズキと痛む。 サクラのように、ナルトのように、俺は『期待』してる。 でも、根本的に違う。 あいつらは、カカシがいなくなっても大丈夫。 強いから。 それをきっと踏み台にして、乗り越えていける。 でも、俺は? …無理だ。 カカシがいないなんて、無理だ。 明日、明後日、明々後日。 どれだけ寝て起きてを繰り返せば、アンタ帰ってくる? どれだけ繰り返しても、帰ってこない、ってのが現実? それなら、いらない。 いらない。 サクラとナルトを宥めるイルカ先生をぼんやり眺めながらも、 足は確実に後退して、一瞬の隙をついて駆け出す。 「サスケ!」 気づいたイルカ先生が叫んだけれど、そんなの構わず走った。 息を整えるのももどかしく、戸棚を開け薬箱の中から睡眠薬と書かれた瓶を取り出す。 それから、部屋の隅に隠し置いていた木箱を開ける。 何の変哲もない、小さな茶色い薬瓶。 中には赤い錠剤が数粒。 それを手にし、漸く息を整える。 少しだけ落ち着いて、ベッドに向かおうとしたら、呼ばれた気がした。 サスケ、とアンタが呼ぶ声が聴こえた気がした。 振り返った窓からは、未だに昼前の強い日差しが漏れこんでいるだけ。 アンタは、いない。 倒れこむようにベッドに入り、睡眠薬を一齧り。 あの過去の後、特別に処方してもらったやつで、早くも睡魔が襲う。 続いて、赤い錠剤を一齧り。 ほのかに甘い。 確実に死ぬ遅効性の毒なのに、何故か甘い。 もう一度、睡眠薬を一齧り。 続いて、赤い錠剤を一齧り。 薬を齧るたびに、未来が消える。 まだ見ぬ未来が消える。 明々後日が消える。 明後日が消える。 明日が消える。 今日が、消える。 明日、明後日、明々後日。 あと、どれだけ寝て起きてを繰り返しても、隣にアンタがいることはない。 そんな現実はいらない。 そんな朝はいらない。 明日、明後日、明々後日。 アンタのいない朝などいらない。
2003.10.12 2003.10.14 加筆修正。
Back