日常が幸せだと気づいたのは、日常を無くした時。
いつも傍にあったものが、永遠に無くなった時。
その哀しみは深く、その絶望は一筋の希望すら見せない闇。
けれど、そんな哀しみも、絶望も、時が静かに薄れさせる。
そして、新たな日常を与える。
そして、新たな幸せを与える。
だから、当たり前の日常が幸せなのだと、たまには思い出さなければいけない。
幸福の中にいることを、時には気づいておかねばならない。
自分が幸せのなのだと、実感する時もたまには必要なのだ。
An everyday end way.
外はもう暗闇。
少し前まではまだ明るかったのに、日の入りが早くなった。
すっかり季節は秋。
「サスケ。
遅いし、夕飯食べていく?」
熱心に読んでいた巻物から、視線をこちらに投げてくる。
そして、少し考えるように視線を彷徨わせ、決意したように勢いよく起き上がった。
「あぁ。
今日は、俺が作る」
そう言って、キッチンへと向かう。
珍しい。サスケが巻物を途中で放り出すなんて。
そう思いながらも、久々にサスケの手料理が食べられる、と内心喜ぶ。
しかし、冷蔵庫の中には何もないことを思い出し、慌ててキッチンへと向かうと、
冷蔵庫の扉を開けたまま、眉間に皺を寄せて止まっているサスケがいた。
「…ごめん。
買い置きするの忘れてた。
どっか、食べに行こうか?」
「…」
サスケは返事をしてくれない。
もしかして、怒ってる?
そう思いながらも、別に怒ることでもないと気づく。
夕飯を作らなくてすむのだから、サスケとしてもそっちのほうがいいのではないか。
「アンタ、腹減ってんの?」
そう訊く表情は、何処か不安そう。
何で?
「いいや、それほどでも」
「なら、今から買出しに行ってくる」
先ほどと違い、何処か今度はほっとした顔。
何で?
「作るの面倒じゃない?
食べに行こうよ」
サスケの表情が曇る。
だから、何で?
「…今日は、作りたいから。
材料買いに行っていいか?」
たかだか、夕飯をどうしよう、という内容の話なのに、サスケは真剣な表情。
疑問に思いながらも、凄くおなかが空いてるわけでもないし、
サスケの手料理が食べれるなら、そっちのがいいし承諾する。
すると、サスケは安心したように笑った。
今日のサスケは何処かおかしい。
だから、少しだけ不安になって、
飛び出していこうとするサスケの腕を掴み、一緒に行こうと誘った。
サスケは一瞬、眉間に皺を寄せたが、諦めたように溜息をついた。
外は少しだけ肌寒い。
ふたり、外灯のない道を言葉少なめに歩く。
見上げた月は、少しだけ欠けていた。
その月に、時折雲がかかり、あたりを暗くする。
相手の表情が、少しだけ見えにくい。
闇に慣れた俺の目はともかく、
それほど闇に慣れていないサスケは、まだはっきりとこちらの表情までは解らないだろう。
だから、先ほどから思っていた疑問を口にした。
「何で?」
「…」
サスケは答えない。
内容の意味が解っているのだろう。
答えたくないのを無理に訊くのも嫌だったので、もう訊くのは止めにした。
そのまま、無言で歩く。
時折、遠くで聴こえる虫の音が心地よかった。
近所で唯一、遅くまでやっている店に着くと、
サスケは何も言わずカゴを取り、野菜売り場へと向かう。
その小さな背を追う。
コトリと、カゴの中にトマトを入れる。
真っ赤に熟れたものではなく、僅かに青みがかったトマト。
サスケはこちらのほうが好きだという。
それから、茄子をカゴの中に入れる。
お互いに好きな食材が、カゴの中に入る。
その他に、レタスだのかぼちゃだのゴロゴロと入れていく。
次に、サスケは魚売り場へと向かう。
閉店間際のせいか、割引のシールが目を引いた。
いくつかサンマのパックを手にとり見定め、カゴの中に入れる。
それから、ビールと日本酒がカゴの中に入った。
好きな食材が、カゴの中を埋めていく。
会計を済ませ、サスケが黙々と袋に詰める。
均等にふたつに分けた袋の一方を、俺に無言で渡した。
何も言わずそれを受け取り、もと来た道を歩き出す。
時折、凪ぐ風が心地よかった。
家に着いて冷蔵庫に食材を入れながら、漸くサスケが喋った。
「できたら呼ぶから、風呂にでも入ってろ」
何処か思いつめたように言うから、
何も言えなくなってただ馬鹿みたいに、解った、としか言えなかった。
のんびり湯に浸かって、今日を振り返る。
サスケのおかしな行動を考える。
けれど、理由は思い浮かばなかった。
ただ、なんとなく理由があるとしたら、ひとつだけ心当たりはあったのだけど、
それはサスケが知らないことだから、理由としては却下される。
あぁ、本当に今日のサスケはおかしい。
何なのだろう。
ぶくぶくと湯に沈んで結論の出ない考えに没頭していたら、サスケが呼ぶ声が聴こえた。
「ほら」
そう言って差し出されたのは、缶ビール。
火照った身体に有りがたい。
「ん、ありがと」
そして、テーブルの上の料理に目を向ける。
サンマの塩焼き、茄子の味噌汁、トマトのサラダ、
それから、かぼちゃの煮物と、お浸しがひとつ。
いつもの和風な料理。
けれど、お互いに好きな料理が並んでいるのを見ると、顔がほころぶ。
「どうしたの?
何かいいことあった?」
そう言った後、サスケは答えてはくれない、ということを思い出したのだけど、
サスケは小さく、あぁ、とだけ答えた。
サスケに視線を向けると、冷める前に食え、と短く言った。
折角のサスケの手料理も、沈黙の食卓の中では美味しさが半減してしまう。
勿体無い。
ちらりとサスケを伺い見ると、箸を手に取ったままじっとその手を見ている。
それから、こちらに視線を向けた。
「何?」
「日常が…」
「えっ、何?
日常?」
「日常が大切だと思う」
何?いきなり。
そう思うのだけれど、サスケは箸を持ったまま続ける。
「日常は、幸せなんだ。
気づかないけれど、当たり前の普通の生活は、幸せなんだ。
アンタが今日も俺の傍に居て、飯食って、話して…。
決して毎日続くワケではないことを知っているのに、
それが日常になって、その大切さを失っていく…」
サスケが言葉を繋ぐのを止めた。
「うん。
日常は、大切だね。
忘れがちだけど、大切だね」
サスケはゆっくりと頷く。
そして、しっかりと俺の視線を捕らえる。
「だから、たまには思い出さなければならないって思うんだ」
「うん?」
「アンタ、今日、誕生日なんだろ?」
「…何で知ってんの?」
「紅先生が教えてくれた」
脳裏にニヤニヤと笑う同僚の姿が思い浮かんだ。
余計なこと教えやがって…。
「…うん。
誕生日だよ。」
「俺、知ってたけど、何も用意してねぇよ」
「料理を作ってもらったよ」
「そういうの違うだろ。
それに、たまには俺も作ってる」
「好きなものが、食卓に並んでるよ」
「アンタが好きなものだけじゃない。
俺の好きなものもだ。
だから、お互い様だ」
「そう?
それでも、俺は嬉しいよ」
「…俺は、何もアンタのためにやったんじゃない。
自分のためにやったんだ」
「…」
「日常がどんなに大切か思い出すために、やったんだ」
「でも、それを態々俺の誕生日にやってくれたんでしょ。
ありがとう」
サスケは俯いた。
箸を握る手が震えている。
「…馬鹿だよな。
日常が大切だと忘れないように、って言ってるくせに、
態々、アンタの誕生日にこんなことして…。
アンタの誕生日ってことは、その時点で、日常なんかじゃないのに…」
俺、何がしたいんだろう…。
小さく呟かれたその声も、震えている。
その手を取る。
「ありがとう」
その言葉しか、言えなかった。
サスケは俯いたまま、首を振る。
身を乗り出し、その頭を抱きかかえ、もう一度言った。
「ありがとう」
日常が大切だということは、失って初めて気づく。
それほどまで、日々に溶け込んでしまっている。
だから、その日常こそが幸せなのだと、たまには思い出さなければいけない。
幸福の中にいることを、時には気づいておかねばならない。
それを思い出す日が、日常で有り得ない日であってもいいと思う。
いや、日常とは違う日だからこそ、その大切さが解るのではないだろうか。
だから、
そんな大切な日を、俺の誕生日にしてくれたサスケに言える言葉は、
ありがとう、ただその一言。
2003.09.09〜09.11
An everyday end way.=『日常の末路』
カカシ、誕生日おめでとー。
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