思いの外、というか案の定、サスケにすぐに追いついた。
サスケは崖のギリギリの処に立ち、空を見上げていた。
その空にはもう天使の梯子はなくなっていて、再び灰色の雲が空を覆ってるだけ。



「…サスケ。帰ろう」

サスケは振り返らず、ただの灰色の空を見上げたまま。


「サスケ」

「今日、俺の誕生日だったんだ」

「え?」


初めて聞かされる事実に、言葉も出ない。


「俺の誕生日だったんだ」

「でも、お前、アカデミーの資料では明日って書いてあったぞ」

「嘘だよ、それ。
 本当の誕生日なんて、何処から漏れ出るかわからない資料になんて書けるかよ。
 アンタだって、その辺のことは解ってんだろ?
 知ってるのは、今では、俺と火影さまだけ」


ある程度名家の出となると、誕生日を知られることはいろいろまずい。
呪術に使われたりするからだ。
だから、本当の誕生日は一般には知らされない。
それどころか、本人でさえも嘘を教えられている場合のほうが多い。


「なんで、お前本当の誕生日知ってんの?」

「…最期の最期に、父上から聞いたから」

「…」


最期に聞いたのは、自分が本当にこの世に生れた日。
それを聞いて、サスケは何を思ったのだろう。



「今日、俺の誕生日なんだ」

「うん」

「…言わないんだな」

「うん?」

「オメデトウ、って」

「言って、欲しい?」



サスケは静かに首を振った。
そして、ゆっくりと振り返る。


「言わないでくれ。
 何も、言わないでくれ」


泣き出しそうな目と合った。


「帰ろう」


サスケは従わず、また俺に背をむけ空を仰ぎ見た。
ただの灰色の空を。


「サクラが、言ってただろ?
 天使の梯子をのぼると、死んだ人に会えると」

「うん」

「会えるわけないのに、何言ってんだろうな」

「うん」

「…解ってるんだよ。
 でも、それでも、今日だけは何かに縋りたかった。
 情けないよな」

「サスケ…」


一歩、サスケが崖の渕に近づく。


「だからかな。
 天使の梯子、消えちまった。
 向こうから、拒絶された」


そう言って、また一歩、先へ進む。
もう先はない処で、サスケは止まる。


「サスケ?」

「向こうから拒絶されたら、俺はどうすればいい?
 やっぱ、俺から会いに行かなきゃならないのかな」


サスケが振り返って笑う。


「サスケ?」

「バイバイ、カカシ。
 ちょっと、俺向こうに行ってくるから――」




そう言って、ふわりと後ろに倒れる。
手を広げて、目を瞑って、口元には幸せそうな笑みを浮かべて。

「サスケっ!!」

思いっきり手を伸ばし、なんとかサスケの左腕を掴む。
ガクンと、右手にサスケの体重がかかる衝撃が走ったが、
そんなことにかまっていられない。

ゆっくりと、サスケが両目を開ける。

「カカシ、離せよ。
 ちょっと行ってくるだけだから」

困ったように笑うサスケ。

「サスケ何言ってんの?
 この高さから落ちたら、お前死んじゃうんだよ。
 お前、解ってる?
 二度と帰って来れないんだよ」

掴んでいた左腕を力まかせに握り締め、そのまま引き上げる。
サスケは俺の目から視線を逸らし、ぼんやりと地面を見ていた。

「…解ってるよ、そんなことくらい。
 でも――」

ゆっくりと視線を上げ、俺と視線を合わし、笑った。

「アンタ、会いに来てくれるだろ?」

「何?」

「アンタは、会いに来てくれるだろ?
 天使の梯子をのぼって。
 もし、天使の梯子にのぼれなかったとしても、
 俺と同じようにして、会いに来てくれるだろ?」

「サスケ…」



何も、言えなかった。
恐らく、サスケが言うような行動を取るであろう自分が想像できたから。

「…カカシ、ごめん。
 少し、感傷的になっただけだから、帰ろう」

そう言って歩き出そうとする、サスケの腕を掴んだ。

「カカシ?」

「天使の梯子が消えたのは、
 まだ、こっちにくるなって、皆が言ってるからだよ。
 だから、サスケはまだ生きなきゃダメなんだよ」

「…そうかもな。
 でも、もういいよ。
 帰ろう、カカシ」

再び歩き出そうとするサスケの腕に、力を込めて静止させる。

「カカシ?」

「でも、お前が本当に向こうに行きたいなら、俺は止めない」

大きく見開かれる目。

「俺も、一緒に行くから。
 お前と一緒に、向こうに行くから」

サスケは、笑った。
苦しそうに、笑った。



「もう、いいから。
 本当に、いいから、帰ろう」

「サスケ、俺は本気だよ」

「知ってる。…有難う」


今度こそ、サスケは歩き出した。
俺も、後を追って並んで歩いた。
小さなこの子どもの手を握って、歩いた。




もう一度振り返って仰ぎ見た空には、再び天使の梯子が見えた。
足を止め、それを見る。

「サス…」

「カカシ」

サスケが言葉を遮って、俺を呼ぶ。
真っ直ぐに、前を見て。
後ろなんか振り返らずに。



「カカシ。
 俺、アンタがいれば、もういいから。
 どうせ人間なんて、いつかは死ぬんだ。
 その時になったら、みんなに会える。
 だから、いいんだ。
 アンタがいれば、もう十分だから」

「…うん、ありがとう」


再び現れた天使の梯子に心が揺れ動いたのは、自分だけではなかったはず。
けれど、サスケは振り返らなかった。
もぅ、天使の梯子なんて見なかった。
サスケが振り返らないなら、それでいいと思った。

握り合った手に力を込めて、再び一緒に歩き出す。




それでも、いつか、本当にどうしようもなくなったら、
ふたりして、手を繋いで天使の梯子をのぼろうか――






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