生れた日
「オメデトウ」 そう言って祝ってくれる家族もなく、誕生日だというのに修行に出かけた。 去年までとは違い、祝ってくれるだろう仲間はできたけれど、 オメデトウ、なんて言葉は聞きたくなかった。 アイツを未だに殺せず、 のうのうと生きている自分には、その言葉を素直に受け止めることはできない。 それどころか、 まだ、安穏に生きてやがるのか、 と暗に仄めかされているようで、聞きたくなかった。 素直に、「アリガトウ」と喜べない自分も、 下らない下手な解釈をしそうで恐れる自分も、嫌だった。 だから、今日任務が入っていないことを喜んだ。 誰にも、会いたくなかった。 自分で組んだいつもの訓練を倍以上すると、流石に疲れた。 あまりにも没頭していたためか、いつも間にか空は藍色へと変わっていた。 木の幹に背にあずけ、座り込む。 遠くのほうで微かに、オレンジ色の太陽が見える。 早く、沈め。 早く、今日が終われ。 なかなか沈まない太陽を見ていたくなくて、膝に視線を落とす。 「生れてこなければ、よかった…」 思わず呟いた言葉。 情けないことに、本音だった。 「生れてこなければ、よかった」 もう一度呟く。 「俺も」 ふいに聞こえた声に振り返ると、いつからいたのか解らないがカカシがいた。 「アンタも?」 「あぁ、俺も生れてこなければ、よかったって思うよ」 困ったように笑うアンタにつられて、俺も笑った。 「俺ね。  才能があったんだ。  ――人殺しの」 抱え込んだ膝の上に緩く手を組み、 視線はまだ完全に沈みきっていない太陽に向け、カカシは言った。 「あまり、褒められたことじゃないよね。  でも、そのおかげで、今、俺はこうして生きている。  そうしなければ、生きてられなかった。  俺の命はね、たくさんの人の犠牲の上に在るの。  俺が殺した人たちは、ほとんど俺の知らない人で恨みなんてもちろんなかったけど、  任務の為にやったんだ。    任務って、体のいい大義名分だよね。  人殺しもエリートに早変わりだよ」 クスクスと笑うカカシ。 言いたいことが解るようで、解らない言葉。 「誰かの命を奪ったヤツが、自分の生れた日を祝えると思う?  誰かを殺しといて、自分だけ喜べると思う?」 …まだ、カカシの言いたいことがよく解らない。 相変らず、カカシは視線を太陽に向けていた。 その太陽はもう少しで、完全に沈もうとしていた。 そのまま、カカシは黙った。 俺も何も言えなくて、一緒に沈み行く太陽を見た。 完全に太陽が沈んで、カカシが呟いた。 「人を殺してまで、生きたくなかったよ。  こんな生き方、したくなかった」 「…」 「こんな才能いらないと、思ったよ」 「…」 「だからね、お前を見てると、怖いよ」 視線をカカシに移すと、また困ったように笑っていた。 「お前の手は、まだ汚れていないよ。  汚して欲しくないと、思ってしまうんだ」 「でもっ!」 「うん、お前は俺の言うことなんて聞かないんだろ。  解ってるよ。  でも、それでも、まだお前に俺と同じ思いをして欲しくない。  『生れてこなければ、よかった』なんて思って欲しくない。  お前の手は、まだ汚れていない。  だから、お前は喜んでいいんだよ。  誰にも負い目を感じずに、祝っていいんだ」 そう言って、カカシは俺を抱きしめてくれた。 涙が、出た。 誕生日のプレゼントなんて、カカシはくれなかった。 「オメデトウ」なんて、カカシは言わなかった。 でも、俺が自分の誕生日を喜んでいいと、 自分が生れたということに負い目を感じなくていいのだと、言ってくれた。 欲しかったのは、その言葉だった。 『生れてこなければ、よかった』と言ったのは、 過去のあの事件のことを思い出して言った言葉だった。 あんな思いをするくらいだったら、生れてこなければよかったと思った。 でも、カカシは俺を待っているこれからのことについて言っていた。 確実に、俺はこの手を汚すだろう。 そして、その時恐らくカカシのように、 『生れてこなければ、よかった』と思うのだろう。 今とは違う思いで。 カカシは俺の過去については言わなかった。 未来についてだけ、言った。 それが、まだ生きていていいと言ってくれているように思えた。 それが、有難かった。
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