「こんなこったろうと、思ってやした」

店を飛び出せば、笑う総悟。






終宵






「何で、お前いんの?
 まだ仕事あるだろうが」

「山崎が、泣いて言うんでさァ。
 俺の仕事を代わりにやらせてくださいって」

いや、それ嘘だろ。
絶対に有り得ねぇから。

「何ですかィ、その顔。
 可愛い部下の言うことを信じねェんですかィ」

って、何それ。
お前の言うことなんて、誰も信じねェだろうが。
つーか、その前に、可愛い部下って誰のことだよ。




「ま、泣いたってのは嘘ですけどねィ。
 仕事やらせてください、って山崎が言ったのはホントですぜ。
 アイツは土方さんが大好きですからね」

「…そうかよ」

有り得ねぇと思うけど、反論する気力もなかった。

「何でィ。
 大人しいなんて、アンタじゃないですぜ」

「煩い。
 もう俺は帰る」

帰って寝る。
何も考えずに、思考を沈めこみたかった。




「帰るって何処に?」

からかいを含んだ声が、冷静なモノへと変わった。
それで漸く気づかされる事実。

帰る場所なんて、あの場所以外に何処にもない。
帰ろうと踏み出した足が向かうのは、いつもそこでしかなく。

「アンタ、何て顔してんですかィ」

飽きれた声で、総悟が笑う。

「…悪い、泊めてくれ」

総悟に頼むのなんて、こんな時じゃなきゃ冗談じゃない。
それでもホテルを選ぼうとしなかったのは、ひとりではいたくなかったからだろうか。











「で、旦那はなんて言ったんですかィ?」

コーヒーを差し出しながら、にやり、と総悟が笑った。

「キレイだろ、だとよ」

何なんだろうな。
血の色が似合うって言われて、喜ぶバカが何処にいるんだよ。

アレか。
出会いが血塗れで出会ったからか?
あんな様が俺にお似合いって言うのか?

「まぁ、キレイっちゃキレイなんですよねィ。
 希少なモノってだけありまさァ。
 アンタは、アレなんでさァ」

溜息混じりに、総悟が笑う。
俺のが年上だと言うのに、こういう時だけ俺より大人の顔をする。

「アンタは、何でも悪い方に考えすぎなんでィ。
 そんなのは疲れるだけでさァ。
 キレイなモノは、キレイ。
 似合うモノは、似合う。
 そこに、裏の意味なんて考える必要なんてないんじゃないですかねィ」

「…お前が、羨ましいぜ」

そんな自分に都合よくなんて考えられない。

違ったら、どうすんだ。
俺は、きっとバカみたいにショックを受けるんだ。
それなら、最初から信じないほうがいいじゃねぇか。

「だから、アンタはバカなんでィ」

深く吐かれた溜息は、
いつもの小馬鹿にした雰囲気は何処にもなく、何処か哀れむように聞こえた。






「あぁ、もう、今回だけですゼ?
 しかも、これは貸しだから覚えててくだせェよ?」

一瞬 重くなりかけた雰囲気を、総悟はニヤリと笑ってなかったことにした。

だから、俺もそれに乗る。
今はもう何も考えたくなかった。

「じゃ、ちょっと行って来まさァ」

そう言って立ち上がると同時に、インターホンが鳴った。


あれから数時間が経っている。
仕事はもう終わっている。

だから、相手が誰かなんて解りきっている。
知らずビクリと揺れた肩に、総悟が苦笑する。

「貸し、ですゼ?」

笑った総悟に、縋るような気持ちで頷いた。







06.06.18〜07.10 Back   Next →