ガキが来て、1ヶ月。 相変わらず死んだような目で、何もせず座り込んだまま。 アゲハ蝶 「銀さん、ヒモができたってホントですかっ」 失礼なことを大声で言いながら、勝手に入ってきた新八。 情報屋のくせに情報が遅ぇんだよ、とか、 男の俺にヒモができたって変じゃねぇの、とか、 いろいろ言いたいことはあるのに、なんか面倒で溜息だけ零してやった。 「ちょっと僕にも見せてくださいよ。 神楽ちゃんだけなんて、ズルイじゃないですか」 ずんずんと部屋へ進んで行ったくせに、 ガキがいるドアを開けた瞬間、固まった。 「…ヒモって彼ですか?」 「ヒモっつーか、同居人っつーか、ペットっつーか…」 なんつーか、そんなもんだと言えば、 信じられないモノを見る目で俺を見る。 「…何だよ。 俺が拾ったんじゃねぇぞ。 神楽が拾ってきたんだから、文句があるならアイツに言えよ」 「…ちょっと来て下さい」 難しい顔をしたまま、新八は俺をキッチンまで引っ張っていった。 「彼が誰だか知ってます」 真剣な顔が、そこにあった。 「いいや。全然」 全く知らねぇ。 ガキは勿論として、 拾った神楽も何も言わないから、俺は何も知らない。 正直に答えれば、新八は呆れたように溜息を吐き出す。 「銀さん。 長いこと仕事でここらを離れてたって言っても、知らなすぎですよ」 「…そりゃ悪かったな。 で、お前は知ってんのかよ?」 「…鬼子って知ってますか?」 「そりゃ…」 鬼子って言ったら、ガキだけど鬼さながらに強いヤツだろ? 俺らみたいに金さえ出せば何でもやるんじゃなく、 人殺しだけやってるとか言ってるあの無法地帯にいるというガキ、だよな。 「…まさか、アイツがそうとか言わねぇよな?」 「確信はないんですが、聞いた噂と似てるんですよ。 黒髪に黒目。 年の頃は14、5。 その腰には、似合わぬ脇差」 「そんなの何処にでもいるだろうが」 そう言いながらも、納得する部分はいくつもあった。 容姿は勿論として、 神楽が拾った場所と言い、あの剣の扱いはただのガキじゃ無理だ。 「だったらいいんですがね。 …神楽ちゃん、何処で拾ったって言ってました?」 見上げてくる眼鏡が、意味もなく光った気がした。 「さぁな。覚えてねぇよ」 「…そうですか。 ま、どうせ僕も、 彼が鬼子であろうが違おうが別にいいんですけどね」 ただ拾ったからには、ちゃんと面倒は見てくださいね、と笑う新八は、 もう情報屋の目はしていなかった。 「じゃ、僕はそろそろ帰ります。 銀さん、次の仕事はどうします? もう一ヶ月は働いてないんでしょ?」 「あぁ、暫くはいいわ。 数年遊んで暮らせるだけはあるし」 我武者羅になって働いた分も、 怠惰で働いた分も、実は結構余ったまま。 「だったら、ヒモ生活なんてしなきゃよかったのに」 「バーカ。 ヒモはヒモで楽しいんだからいいんだよ。 それに、女もそんなバカな男が好きだったからいいんだよ」 「そうですか。 でもそんな汚いとことは、もう彼の前では見せないでくださいよ」 呆れながら、新八が言った。 見せるも何も、女のところにも行ってねぇし、 来る女っつったら神楽ぐらいで、やるこたメシの取り合い。 そんな意味での汚いところしか、見せてねぇよ。 つーか、あの無法地帯で生きてたんだったら、 今更そんな汚さといったら、可愛いモノだろうに。 「…なぁ、アイツの名前何ていうか知ってるか?」 いつもガキだとかお前と呼んでばかりで、一度として名前を呼んだことはなかった。 名前を知らないのだから当然なのに、それでもそれは何処か寂しいとふいに思った。 「…残念ながら、彼の情報はないに等しいです。 銀さんこそ、一ヶ月も一緒に暮らしてたくせに、訊いてないんですか?」 「だって、アイツ喋らねぇもん。 風呂だって毎回俺が風呂場まで連れてってるし、 メシだって毎回俺が作ってやってるんだぜ?」 「…そんな銀さん、想像すらできませんよ」 俺もだよ、と笑うしかなかった。 金を貰わないで人のために何かをやるのって、どれだけぶりだろう。 何の特にもなりゃあしないのに、それでもバカみたいに世話を焼いている。 そして、それを楽しいと思う。 「こんな生活も悪くはねぇよ」 「…足を洗ってもいいんですよ?」 苦笑で新八言うけれど、その目は真剣だった。 「…考えとく」 それだけしか言えなかった。 裏の仕事は、望んでやり始めたことじゃない。 好きも嫌いもない。 ただ、それだけしか生きる術がなかった。 言い換えれば、それなしで生きていけるのか解らないのだ。 今更、違った生き方など知らない。 それでも神楽がいてガキがいて、 他愛もない仕事だけをして、その日暮しで必死に生きて行けたらと思ってしまった。
06.08.28 ← Back