目を覚ませば、日も落ちかけていた。 あと1時間もすれば、また神楽が来るのだろう。 そしてガキがいなくなったことを知り、散々暴れるのかと思えば溜息しか出てこない。 アゲハ蝶 どう考えても、神楽は暴れる。 それなら、さっさと逃げよう。 有難いことに、暫く仕事の予定は入っていない。 その上、昨日終わった仕事の報酬はたんまりとある。 うん、これは逃げるしかねェな。 近所に美味そうな甘味屋もできたことだし。 決めたら早い。 ベッドから降りてクローゼットに向かって、 着替えようと服に手を伸ばした瞬間固まった。 何でいんの? そう思うより先に、眉間に皺が寄る。 いくら仕事で疲れきっていたとはいえ、気配を感じなかった。 ちょっとこれは、ダメだろ。 仕事が仕事だから、気配には敏感だ。 それが解らなければ、即刻命取りになるのだから。 それなのに、気配が一瞬どころか暫く掴めなかった。 いないと思っていたから、だとか、 殺気じゃないから仕方ない、だなんて理由にならない。 出かけようと高揚していた気分に、ケチをつけられた気がする。 ガキに近づき、上から見下ろす。 ガキは俺が玄関から引きずって来たたままの状態で、 壁に背を預け、だらりと手足を伸ばし俯いている。 気配があるのだから、死んでるわけじゃない。 でもその気配は、常人では感じ取れないほどに消されている。 それも、意識してやっているわけではない。 『こいつぐらいの時には、今と同じような仕事をして生きてきた』 昨日、神楽に言った言葉を思い出した。 なんだ。 このガキも、同じかよ。 そう思うと眉間に寄った皺の代わりに、笑みが浮かぶ。 柔らかな笑みなんかじゃなく、 神楽が見たら、銀ちゃん、悪趣味ネ、と笑うような笑みで。 次いで、興味が湧いた。 どんな面をしてるのかと目の前にしゃがみ込んで、汚れたままの髪を掴んで顔を上げさせる。 ガキは、キレイな顔をしていた。 白い肌に、紅を刷いたような赤い唇。 でも、死んだような目。 そんな目をしてたら、生きてけねェよ。 銀さん、いい人じゃないから、 いくらお前がキレイな顔をしてたからって、神楽が来る前に捨てる気だから。 神楽が暴れようが、暫く逃げ回ればすむ話だからな。 だから生きたきゃ、勝手に自分で目に光取り戻して生きな。 とりあえず立たせようと脇の下に手を入れたら、 固い何かが触れたかと思えば、ザッと空を切る音と共にパラリと銀の髪が散った。 固い何かは、ガキが持っていた脇差で。 それを抜きざまに、俺へと振り払ってきた。 そのさまは、俺を殺るには物足りないが、 一石一兆で身につくモノではないほどに鮮やかなモノ。 先ほど浮かんでいた笑みが、知らず強まる。 目の前には、死んだ目のガキはもういない。 ギラリと真っ黒な目が光る、獣じみた目のガキがいるだけ。 ガキはさし抜いた刀そのままで、じっと俺を見ている。 神楽、お前の言う通り気に入ったよ。 お前が来るまで、あと数十分。 さてこのガキ、どうしちゃってくれよう?
05.09.11 ← Back