徹夜3日明けの午前2時。
風呂に入って後は寝るだけの今、何故かドアが壊される勢いで叩かれる。





アゲハ





ドカッ…ガンッ……ガンッ

勘弁してください。
眠くて眠くて仕方ないんだよ。

無視したいのに、本気で壊されかねない音に溜息を吐く。

こんな時間に訊ねてくる知り合いは、哀しいことに何人か思い当たる。
けれど同時に、下らない用でしかないことも知っている。

だから、出たくはない。
が、近所迷惑など省みず、大声で名前を呼ばれては出ないワケにもいかない。



「うるせぇぞ、神楽っ。
 ガキはさっさとクソして寝やがれ」

声から誰だか解っていたから怒鳴りながらドアを開ければ、予想通りの神楽がいた。
…いたのはいたけれど、いつもとツレが違う。

見上げるほどバカみたいにデカい犬の定春じゃなくて、
神楽の手に首根っこを引きずられる形で座り込んだ黒髪の小汚いガキ。


「…何だ、それ?」

「拾ったアル」

事も無げに、神楽が答える。

…拾ったって、オイ。
それ人間じゃん。
どう見ても、人間じゃん。



「…拾ったんなら、自分で面倒見ろよ」

お願いだから、俺に押し付けないでクダサイ。

「私には定春がいるネ。
 だから、銀ちゃんにやるアル」

ズイ、と神楽が玄関に男を押し入れる。
気を失っているのか、ガキはぐったりとしたまま動かない。

「…死んでんの?」

「だったら、持ってこないネ」

しらっと、神楽が答える。
いや、違うから。
死んでないから持って来たって、それ答えにならねェから。

「俺、いらないからそれ捨てて来い」

もう死にそうなくらい疲れてんだって。
眠たいんだって。
だから、余計なモノ持ち込まないでよ。

ビッと外を指差した手を、叩き落される。



「銀ちゃん、人の好意は受け取るものアル」

ニッコリ笑って、脅迫する神楽。
こうなったらもう、テコでも動きやがらないことを知っている。
でもだからと言って、納得できないことだってあるんだよ。

「あのなー、神楽ちゃんよぅ。
 俺の仕事知ってんだろ?
 お前と一緒で、危なーいお仕事なワケよ。
 そんな俺んトコにこんなガキ置いてっても、ガキが可哀想だっつーの。
 それにそいつ14、5だろ?
 だったら大丈夫。一人で生きていけるって」

俺がそいつくらいの時には、
今の仕事と同じようなことをして生きてきたんだから、そいつだって生きていける。

だから、大丈夫。
安心して捨てて来い。

そう言うのに、神楽は納得するどころかニッと笑う。




「銀ちゃん、コイツ大丈夫アルよ」

「そうだろ、そうだろ。大丈夫だろ?
 だったら遠慮なく捨てて来い」

再度、外を指差した手を叩き落とされる。

「違うアルよ」

「何が?」

問えば、ますます神楽は笑みを深める。

「コイツの周り血の海だったネ。
 その中に、コイツの血なんて僅かヨ」

だから、大丈夫。
そう言って楽しそうに笑う神楽。

あぁ、そう。
そういう意味でダイジョウブなワケね。

だったら、もう逃げ場はないらしい。
何が何でも、神楽はガキをここに置いていく。


それが解って足掻くなんて、死にそうなほど眠い今は時間の無駄。
それにこのガキだって、意識を戻せば出て行くだろう。
いきなり見ず知らずの男の家にいて、そのまま居座るヤツなんていない筈。

だったら今は大人しく引き受けて、明日を待てばいい。
昼まで寝るから、その間にはきっとガキは出て行ってるだろう。




「解った、置いて行けよ。
 だから絶対、夜まで来るなよ。
 俺は寝るんだからなっ」

大人気なく音を立ててドアを閉めると、笑う神楽の声が聴こえた。

「銀ちゃん、絶対そいつ気に入るアルよ」

気に入る気に入らないも関係ないよ。
だって、このガキはそんな関係が出来上がる間もなく出て行くんだから。

悪いな、神楽。
夜にお前が来た時は、このガキいないから。






05.08.25 Back