ほら、と嫌そうな顔で差し出されたそれを、
満面の笑みで受け取るはずが、引きつった笑みで固まった。






Chocolate.






「…何で?」

「あぁ?
 お前がチョコチョコうるせぇから、買ってやったんだろうが」

怒る土方。


うん、俺言ったよな。
チョコくれって何度も。


そしたら、
呆れたのか深い溜息を吐き出して、コンビニに入っていった土方。


待つこと1分。
その間は、至福だった。



単なる板チョコでもよかった。
チロルチョコでもよかった。
もっと言えば、5円チョコでもよかった。


けれど、渡されたチョコは――…










「カカオ99%って、何だよ。
 チョコのくせに甘くねぇって、有り得ねぇだろ。
 しかも、普通の板チョコのが安いじゃねえか。
 まだ、そっちのがいいっつーの。
 お前、どんな嫌がらせだよっ」

甘くないチョコなんて、チョコじゃない。
チョコは甘くてこそ、チョコ。

カカオ99%なんて、苦味しか伝えてくれねぇよ。

「チョコだろ?
 何、文句言ってやがんだ」

その呆れた顔に理解した。





コイツ、解ってねぇ。

カカオ99%の苦さを。
それが意味することを。

手の中のチョコを開けて目の前でバキッと折る。
それから、訝しげな視線をくれた土方に突き出す。








「食え」

食って理解しろ。
この苦味を。

これをチョコだと認めない俺の気持ちを。


「いらねぇ」

酷く嫌そうな顔で言ったその口に押し込む。
途端に広がる苦渋の顔。



そうだろ、そうだろ。
それは苦いんだ。
俺の求めるチョコじゃねぇ。



悶え苦しむ土方を無視して、コンビニに入り込む。








「っテメェ、何しやがるっ」

外に出れば、ちょっと涙目の土方が胸倉掴んで怒鳴ってきた。
その大きく開いた口に、チョコを放り込む。


ゲホゲホと咽て睨む目を見て言ってやる。

「それが、チョコだ。
 解ったか?
 チョコってのは甘ぇんだよ」

キッと俺を睨んで、土方はコンビニに走りこんだ。
俺は手の中に残る、チョコを食う。

勿論、甘さのかけらもないチョコではなくて、
自分で買った甘さ十分なチョコを。





「口開けろ」

戻ってきた土方が、また胸倉を掴み上げ怒鳴った。
今度こそは、甘いチョコが食える。
それも、土方の手ずから。

うっとりと目をつぶって口を開ける。



口の中に広がる甘さ――…
って、何コレ。苦っ。



さっきの土方ようのうに、ゲホゲホと涙が出るほど咽る。
睨み上げれば、ざまぁみろ、とでも言ったような笑みがあるばかり。



ちょっと、カチンと来た。
いくら土方でも、俺に甘くねぇチョコ食わすなんてやっちゃダメだろ。

しかも、
何なんですか、その笑みは。

ムカつくんですけど。







「土方」

ニッコリと笑って言ってやる。
これ以上ないくらいに、笑って言ってやる。

あぁ?と不機嫌を隠しもせず上げられた片眉に、
更に笑みを深めて行動開始。


ガッチリと顎と首を固定して、噛み付くようにキスを。
舌に纏わりついた苦さを押し付けるように、何度も何度も絡める。




先ほどからこっちを気にしてチラチラ見ていた店員は固まり、
道行く通りすがりの人々は、そそくさと見ないふりで通り過ぎる。


けれど、それがどうした。
糖分の恨みを思い知れ。




たっぷりと味わって唇を離せば、
硬直していた土方がワナワナと震えだす。

怒鳴られる前に、牽制をひとつ。







「甘ぇな」

ニッコリ笑って言ってやる。
カカオ99%のチョコもこうすれば甘いのだ。

チョコの糖分は、他の甘みへと変った。


怒鳴るタイミングを見失った土方が、肩をガックリと落とした。
抱きしめようと腕を伸ばせば、その前に上がるキレイな顔。

ニッコリと先ほど俺と似た笑みで笑うと同時に、振り上げられる手。


殴られると思ったけれど、覚悟した痛みは来ず、
訪れたのは、再び口の中いっぱいに広がるカカオ99%の苦さ。


オェーっっ。
半端ない量に膝を折ったその視線の先に、遠ざかる革靴が見えた。





何処まで行っても素っ気無い。
甘さの欠片のないその姿は、貰ったチョコと同じだけ苦かった。

解ってなかったくせにそれを選らんだのが、凄いと無駄に感心する。











「土方っ」

遠ざかる背に、名前を読んだ。
振り返る土方に、チョコを投げつける。

キレイに片手で受け取って、中身を見て苦笑された。
怒りはもう静まったらしい。

「20円とは、安く見られたもんだな」

「甘さが詰まってるから、許してくんね?」

まだ残る苦さを無視して、答えた。


「まぁ、お前が糖分を他人にやるって行為を考えれば高いか」

そう言って笑う顔は、キレイで見惚れる。

「おぅ、しかっり受け取ってくれ」

それには答えず土方は、その小さなチョコを開けて俺に放った。
放物線を描いて落ちるそれを、口でキャッチ。

苦さは消え、甘さが広がる。






え、ちょっ、俺がお前にあげたんですけどっ、
とかって思うけれど、それを言う相手はもう遠くで言えなくて、
そんな可愛いことをしてくれた相手に、何度目か知らない恋に落ちた。






07.02.08 Back