望むモノが何なのか解らないけれど、
それでも望めば、与えてくれるのだろうか。





瓦礫の





ガキの頃、望もうが望むまいが関係なく自分のまわりにはモノが溢れていた。

高価な服に、高価な玩具。
富と名声を手に入れている両親が、
見栄と優越感に浸るために自分のガキにそれらを与えたから。

別に、そんなモノ望んじゃいなかった。
欲しかったのは、もっと温かなモノだった。

でも生まれてこの方、そんなモノをくれなかった。

父親は金さえ出せば済むと思っているような男で、
母親は羨望の目を向けられることとだけに命を注いでいるような女。

そんな両親から望むモノを与えられるはずもなく、
代わりに与えてくれたのは、近くに住む近藤さんだった。




自分の家と違い大きな家でもなければ、
世に言うお偉いさんの家でもない、普通の家。

それなのに、そこは温かだった。

警察に勤めるおじさんも、専業主婦のおばさんも、
そんなふたりに育てられた近藤さん自身も温かだった。
俺と似たような理由で入り浸っていた総悟も、生意気なガキだったけどそれでも温かだった。

望んでやまなかったモノを、そこでやっと与えられた。
近藤さんがいてこそ、今の俺がいる。

だから、近藤さんがすべてなんだ。
俺が近藤さんのすべてになれたらいいけれど、
なれるはずもなく、望むことすら愚かだから傍にいられるだけでいい。

だから。
近藤さんが事故で留年が決定したと聞いた時、嬉しかったんだ。


両親から入学祝いに貰ったゴールドカードや、
一人暮らしするには広すぎるマンションより、ずっとずっとそのことが嬉しかった。








それなのに、何なんだ。
これは。

普段から妙に絡んで来やがると思っていた担任にいきなり、キスをされている。

押しどけようにもがっちりと腰と顎を掴まれ動けない。
それどころか、呼吸すらも禄にできない。

苦しくてどうにか動かせる足で、思いっきり蹴ってやった。



「っ痛。
 大串くん、何するの?
 先生を蹴っちゃダメでしょ?」

どこまでもやる気のない喋り方。
こっちは、息が上がっているというのに。

「ふざけんな。
 テメー、何すんだよ!?」

「何ってキス?
 もしかして、大串くん初めてだった?」

にやり、と笑う担任。
余裕のある大人です、って顔がムカついたけど、
それより何より、意思に反して顔が絶対に赤くなってることがムカつく。

担任は答えない俺に答えを見出し、
そうかそうか、と頷いて嬉しそうに笑っている。


実際、初めてだった。
言い寄ってくる女はいるけど、付き合ったこともキスをしたこともない。

俺のすべては近藤さんに向かっていて、
他には興味が向かないのだから仕方がない。

でもだからと言って、近藤さんとキスがしたいワケではない。
ただ、傍にいたいだけだ。

それがずっと続くことはないと知っていても、それでも傍にいたいんだ。
そう思うのに、心はうまく整理できなくて、無闇に痛みを伝えてくる。

耐えるようにぎゅっと手を握り締めて、緩んだ担任の腕を振り払って踵を返す。
担任の手が伸ばされたけれど、思い切り払いのけてやった。

逃げるようで癪だったけれど、それどころじゃない。
胸の痛みが、激しさを増す。





傍にいたい。
それは、確かな想い。

でも、何を望んでいるのか解らなくなる。


ガキの頃、欲しいモノを無条件でくれた近藤さん。
今も変わらず、与えてくれる。

でも近藤さん、何かが違うんだ。
もうそれでは満足できなくなってしまったんだ。


近藤さん。
ガキの頃のように、望めばアンタは与えてくれるんだろうか。
それは他の誰でもなく、アンタが与えてくれるモノなんだろうか。






05.09.09 Back