あー、チクショウ。
人が折角やる気になったら、コレかよ。

…っとに、何なんだよ。
チクショウっ。






侘助

「多串くん、好きなんだけど」 バカみたいに言いすぎたせいか、 本当のことなのに多串くんは本気だと理解してくれない。 いや、気持ちは伝わっているんだろうけど、向き合ってくれない。 それはあのゴリラの存在とか、真選組とかのせいじゃなくて、 気持ちを受け取るのを恐れているような、そんな感じ。 傾いてくれてるとは思うんだけど、どうしても踏みとどまれてしまう。 だから言葉でダメなら、プレゼント攻撃を仕掛けようと単純に思った。 でも、何をあげれば喜んでくれるのか解らない。 受け取って、と言ったところで、突き返されるのがオチなのかもしれない。 でも、それでも、気持ちを伝えたいと思った。 何かに、まして、人に夢中になることがあるなど思っていなかったから、 この気持ちを大事にしたいと思った。 迷惑かもしれないけれど、 多串くんのことを考えるだけで嬉しくて、それだけでもいいから解ってほいと思った。 そう思うのに、プレゼントしようにも本当に何がいいのか解らない。 俺の大好きな糖分たっぷりの甘いモノをあげたいけれど、 それは絶対に喜んでくれないことが解ってるから却下。 じゃあ、絶対に喜ばれるマヨをかと言えば、それも却下。 喜ばれるのは解っていても、それって流石に違うと思うし。 それなら、何がいいだろう? と、考えたところで、哀しいことに先立つものがない。 貧乏って、こういう時ツライ。 けど高価なモノあげたって、 絶対に多串くんってば嫌な顔するだけだよ、 と、言い聞かせて他のモノを考える。 元手がそんなにかからなくて、喜んでくれそうなもの。 あぁ、花だ。 多串君はキレイだから、誰よりも花が似合う。 大輪のバラみたいなハデなんじゃなくって、もっとこう凛とした潔さ。 違う、と落胆した。 目の前に並べられた花は、キレイだとは思うけどそれだけだ。 こんなの多串君じゃない。 あのキレイさが、この花たちにはない。 「お客さん、何かお探しですか?」 落胆を隠せない俺に、店のオヤジが困り顔で尋ねてきた。 「あー、何かこう清楚なのに凛とした感じの花ねェ?」 「清楚なのに凛とした…?  お色は、それでしたら白ですかね?」 白? 清楚なのに凛とした、って言えばやっぱり白か? 白でも十分に似合うとは思うけど、何か違う気がする。 「…白って気もするんだけど、何か違うような」 「そうですか…。  それでも、少し見られてはどうですか?」 言いながら、オヤジは奥で何やらゴソゴソして花を片手に持ってくる。 「…百合か」  オヤジの手には、一輪の白い百合。 少し離れてても、甘やかな香りが匂いたつ。 多串くんの清廉とした中で放たれる色香と似てなくもない。 「どうです?」 ニッコリと笑うオヤジ。 「うーん、何か違うみてェ」 「そうですか…。  生憎ウチは客層のせいで華やかなモノしかなく、  清楚な凛とした感じと言えば、百合くらいしかないんですよ」 申し訳ない、と謝るオヤジが、気の毒に思えた。 よく考えれば解ることだった。 ここは、かぶき町の花屋だ。 夜の女どもに似合う華やかな花が主体の店だと言っても過言はない。 「いや、俺も悪かったし」 じゃあな、と背を向けたところで呼び止められる。 「お客さん、少し時間がかかってもよろしいのでしたら、  仕入れますので、どの花がイメージに合われるか見て行かれません?」 振り返れば、オヤジが花図鑑を手にして笑う。 有難くて、俺も笑った。 「…あ、コレ」 パラパラとページ捲っていた手が止まる。 そこには、赤い花が。 キレイなキレイな赤い筒咲きの椿。 清楚の中に、凛とした潔さ。 それはまさしく、多串くん。 「お客さん、いいのありました?」 俺の声に反応して、店主が俺の手元を覗き込む。 「…お客さん、コレですか?」 ちょっと困ったような、オヤジの声。 「何? 入手難しいとか?」 問えば、頷かれる。 「ほら、お客さん。  寒椿、ってかいてあるでしょ?  いくら夏が終わりかけと言えど、まだ冬は遠いですからね」 「…やっぱ、冬まで待たなきゃダメ?」 「残念ながら。  あ、でも、噂で聞いた話なんですがね。  昔、攘夷戦争があったあの館林の戦跡で、  夏なのに椿が咲いているのを見たっていうお客さんがいたんですよ。  白い椿が夜道にぼんやり浮かび出て怖かった、って言ってたんですが…、  って、お客さんは赤い椿が宜しいんですよね」 苦笑する、店主。 でも、俺はその話に飛びついた。 きっと、アレだ。 俺の目、絶対キラめいてるよ。 あれから何年も経つというのに、この場所は変らない。 荒れ果てていた。 それなのに、あるんだな。 椿は。 あの時は気づかなかったのに、今はしっかりとその存在が解る。 夕暮れに浮かぶ白い椿。 幸いなことに椿は、多弁ではなく望んだ一重の筒咲き。 欲した赤い椿とは違うけれど、 暮れ行く中、清冽な存在を放つ姿は、やはり多串くんを思い出す。 赤じゃなくても、いい。 白で、いい。 手折るために近づけば、違和感を感じた。 それが何なのか解らないままに近づけば、その理由を思い知る。 白の椿の中、赤い椿が混じっている。 自然の色合いなどではなく、これは昔よく見ていた色。 黒く濁った赤は、血の色。 何故、こんなとこに。 と、一瞬でも考えてしまった自分の平和さに呆れる。 荒れ果てた地には、荒れた者が住まう。 それが、世の通りってヤツだろ。 「兄ちゃん、命が惜しけりゃ有り金全部出しな」 スッと首筋に冷たい感触。 考えごとに気を取られすぎたらしい。 意識を戻せば、囲まれていた。 「あー、悪いね。  お兄さん、貧乏なんだからムリだわっ」 振り向きざまに、鳩尾に肘を振り込む。 「っテメー」 刀を当てていた男は呻きながら跪き、後ろに控えていた者たちが切りかかってくる。 それを木刀でなぎ払いながら、倒していく。 何やってんだか。 こんな場所で、木刀とはいえこんなモノ振り回して。 過去とはキッチリ違えたつもりで、 あの時見つけられなかった心底惚れた相手のためにここまで来たって言うのに、 何、過去を思い出すようなことしちゃってるんだろうね、俺は。 息を乱すことなく、賊を片付けて白い椿に手を伸ばす。 触れることを、一瞬だけ躊躇した。 手には自分のモノではない血が、木刀を伝ってついていた。 それを拭ってはみたけれど、そんな血に汚れた手で触っていいのかと戸惑った。 それが、致命的。 意識が削がれたのを見計らったのか、 単なる偶然なのかは知らないが、腰に衝撃を感じた。 それが何かを考えるより先に腰からそれを引き抜き、投げた相手へと投げ返す。 背後で呻き声が聞こえ、小さくなる。 それでもまだ息があるようで、 自分でも狙って生かしたのか単に偶然体のどこかに刺さったか解らない。 でも、そんなことはどうでもいい。 花を―― 花を、多串くんにあげなくっちゃ。 ただその思いだけで手を伸ばし、 先ほどの躊躇など忘れて血に汚れていない一枝だけ手折る。 白い花。 清楚なけれど、凛とした花。 あぁ、多串くんだ。 多串くんを思い出せば、幸せな笑みが漏れる。 それなのに、 急激にせり上がってくる何かに耐え切れず咳き込めば、血がベットリと手につく。 ホントに何やってんだか。 目が、霞んできやがる。 有難いことに急所は外れていたが、 刺されたモノを引き抜いたせいで血が流れすぎた。 久々にやる気になったっていうのに、何だってんだコノヤロウ。 死に至るほどではないが、ちょっと本気でヤバイっぽいのが解る分ツライ。 木刀で体を支えながら、向かう先は多串くんのいる屯所。 でも、会えるのか? 血は幸いなことに着物で隠せているが、フラついてる見るからに怪しい男が。 って、ダメだ。 考えるなら、多串くんのことを考えよう。 そうそう、目の前にいるような男。 きっちりと着込んだ制服に、そこから覗く白い肌。 それから、とても強い目。 真っ直ぐに、人を見る瞳孔開きぎみなあの目…、って、オイ。 何か、開きすぎじゃねェ? 「…テメェ、何やってんだ?」 眉間に皺を寄せながら、想像した多串くんが問いかける。 ん? 問いかける? って、本物? 「…大串くん?」 本物の? 霞む目を瞬いて見たら、普段から寄ってる眉間が更に寄せられる。 あぁ、本物だ。 「何度言えば解るんだ、俺は多串くんじゃねェ」 その反応、まさしく本物の多串くん。 それを実感できて、思わず笑ってしまった。 「テメェ、何笑ってやがる」 あぁ、ちょっと嬉しくてね。 会えたことが、嬉しかったんだよ。 会いに行ってる最中に、偶然とは言えそっちから現れてくれたことが。 「ん、ちょっとね。  それより、多串くんさー。  手、出してくれない?」 「あぁ?」 多串くん、あからさまに嫌そうな顔しなくてもいいと思うよ? 銀さん、ちょっと今ヤバイ状態なんだから、笑ってくれたら最高なんだけど、 それをしろって言うのは、やっぱ無理なことなんだろうかねェ。 「多串くん、俺の目見てくれない?  キラめいてるでしょ?  今が、いざっていう時なワケよ。  だから、言うこと聞いてくんない?」 ニッコリ笑いながら、滲む脂汗。 本気で意識遠のきそう。 でも、それまでに渡さなきゃ。 迷惑がられてもこの際いい。 答えをくれとも、今は言わない。 だけど、受けとって欲しい。 笑顔の中の脅迫めいたものを感じ取ったのか、 多串くんは恐る恐る手を伸ばしてきた。 これが、俺自身へと差し伸ばされた手だったら迷わず取るのに。 そうじゃないのが、哀しいね。 けど、それでも伸ばされた手が嬉しいと思うほどに、惚れている。 「…あ」 懐に大事に入れていた花を取り出し、多串くんの白くキレイな手に乗せた花を見て落胆する。 「…何だ、コレ」 多串くんの声が、戸惑っている。 「…ごめんね。  本当は、真っ白だったんだよ。  あ、白じゃなくて多串くんには赤い椿だと思ったんだけど、  なんか季節的にまだ早いらしくって、  それで咲いてるのが白しかなかったんだけど、それでも多串くんっぽいでしょ?  椿がね、多串くんに似てるから絶対コレだって思ったんだけど」 …俺の血で汚れちゃった。 懐に大事に入れていたつもりが、傷から流れた血で汚れてしまった。 赤い椿のほうが絶対に多串くんに似合うって思ったけど、望んだ赤はこんな色じゃない。 しかも、未だにじわじわと流れ続けている血のせいか、 多串くんの手に乗った椿から、俺の血が流れ多串くんの手を汚す。 「…ごめん」 血がついてしまった白い椿。 その血で汚れてしまった、多串くんの白い手。 それを見たら哀しくなって、再び多串君の手に手を伸ばす。 先ほどとは逆に、花を取るために。 それなのに、多串くんはギュっと花を握って離さない。 「多串くん?汚れちゃうよ?  だから、離して」 そう言っても、多串くんは握り締めたまま離さない。 それどころか伸ばしていた手さえも引く。 「…くれんだろ?」 俯いて、ぼそりと呟かれた言葉。 「そのつもりだったけど、汚れちゃってるし…」 それも血に、って言えば、またぼそりと呟かれる。 「赤のがよかったんだろ?  だったら、コレでいいじゃねェか」 どんな顔で言ってるのだろう、とコッソリと伺っても、俯かれたのでは解らない。 解るのは、声が悲痛なモノだということで。 俺は、どうすればいいのか解らなくなる。 「でも…」 と、言ったところで続かない。 そんな俺に焦れたのか多串くんは、いいって言ってるだろ、と少しだけ怒った。 「受け取ってくれるの?」 恐る恐る訊いてみると、くれんだろ?、ってやっぱり呟かれる。 それが嬉しくて、抱きついた。 季節じゃない多串くんに似た椿を、 望んだ色とは違うけれど、それでも手に入れられて、 望んだ色と同じだけど、望んだ色ではない赤で染めてしまった。 けれどそれなのに、受け取ってくれた多串くん。 それって絶対、望んだ色ではない赤が関係してるよね? 心配してくれたんだか、単に動揺しただけなんだかは解らないけど、 ケガをしてよかっただなんて、ちょっと不覚にも思ってしまった。 ギュって抱きしめて、幸せ噛み締めて、 慌てて引き剥がそうとする多串くんを押さえ込んで抱きしめて、 薄れ行くままに意識を手放すことを許す。 ゴメン、もういろいろ限界。 幸せすぎて、もうダメ。 目を覚ましたら、好きだと言おう。 いつも以上に気持ちを込めて。 その時は、多串くん、 答えてくれとはまだ言わないけれど、せめてこの気持ちの存在を認めてよ。
椿=黒侘助とか紺侘助。 05.08.29〜09.04 Back