置いていかないでくだせェ。 ひとりは、もう嫌なんでさァ。迷い子
物心がついた時には、ふたりは同じモノを見ていた。 それが当然だと思ってた。 だから、ふたりと同じモノを見ようとした。 同じ目線に立って、同じ未来へと進む。 けれどやっと体の成長が追いついたと思った時、それは崩れていた。 ふたりは、互いに同じモノを見ていた。 けれど、それだけがすべてではもうなかった。 いつの間にか近藤さんは馬鹿みたいに一途に女を追いかけ始め、 そんな近藤さんを土方さんは切ない目で見ていた。 俺の居場所は、そこにはないんですかィ? あんたたちと同じモノを見たかった俺の居場所は、もうそこにはないんですかィ? 「土方さん、遠慮しないでくだせェ。 一思いに殺るから、大丈夫でさァ」 喉元に切っ先を当てながらの突然の言葉に、 土方さんは慌てるでもなく邪険に刀を払って溜息を吐く。 「お前、いい加減に諦めろよ」 諦めろって、何をかアンタ解って言ってるんですかィ。 解っちゃいないくせに、そんな言葉を吐かないでくだせェよ。 「嫌ですよ」 「嫌って、お前…。 昔は可愛かったのに、何でこんなになっちまうんだ」 何でって、アンタのせいですよ。 アンタが、あんな目で近藤さんを見るから。 だから、気づいてしまったんでさァ。 俺の居場所が、なくなる。 同じ場所に立ちたいのに、アンタがそれを邪魔する。 土方さんだけが、俺の思い描いていたモノを阻んでるワケじゃない。 近藤さんも、違うモノを見つけそれを見ている。 でも、それでも、 俺の夢を阻んでいるのは、アンタなんでさァ。 どうしてか、アンタだけに拘ってしまうんでさァ。 だから、いなくなってくだせェよ。 「そんなに、俺が嫌いかよ」 再び、溜息が吐き出された。 嫌いだったらよかったのに。 好きだから困る、と言ったらどんな顔するのだろう。 言っちゃなんだが、今となっては俺の方が僅かに強い。 本気を出せば死にかけるだろうが、土方さんに勝てると思う。 それをしないのが、答えだとは気づかないのだろうか。 そう思ったところで、変に鈍いこの人は気づかないのだろう。 下手にそれを伝えたところで、心底嫌そうな顔をするに違いない。 だから、絶対にそれは言ってやらない。 「嫌いでさァ」 笑って言えば、土方さんは眉間に皺を寄せた。 どっちにしろ嫌そうな顔をされるくらいなら、 好きだと言えばよかったかもしれない、と何となく思った。 「そうかよ。 もういいから、お前見回りにさっさと行け」 追い払われるように、手を振られる。 置いていかれる。 また、ひとりになる。 反射的に、考える間もなくそう思った。 「置いていかないでくだせェ」 表情さえも作れずに、思わず漏れ出た本音。 「…総悟?」 眉間に皺が寄せられる。 不機嫌そうにではなく、心配そうに。 「何でもねぇでさァ」 振り払うように、笑った。 それでも、眉間の皺は深まるばかり。 そんな顔なんて見たくなくて、背を向けて歩き出す。 まだ心配そうに名を呼ばれたが、 追いかけてくる様子はなくほっとする。 鈍いのに、察しがいい。 追いかけては来ない。 置いていかれるのは嫌だというのに、自分から距離を取る。 逃げるように、距離を取る。 置いていかれたくないのは、本音。 でも望んだモノがそこにすでにないのなら、その場所を望む意味などないんでさァ。 それなのに、足掻く俺は何なんでしょうねィ。 土方さん、俺は何がしたいんでしょうねィ。 それが解るまで、アンタ俺に狙われてくだせェ。
05.08.20〜08.25 ← Back