「お前とアイツって何?」 眉間に皺を寄せ、獄寺が訊いた。 Lay All Your Love On Me. 「何、って言われてもなぁ?」 そんなこと、俺が知りたい。 何で、あんなに構うのか。 何で、眼が追ってしまうのか。 誰か知ってるなら、教えて欲しいくらいだ。 「付き合ってる、ってワケじゃねぇんだよな?」 ヤることはヤってても、それはねぇな。 互いに、不特定多数の相手がいる。 それを互いに知ってても、何も言わない。 時間があって、気分が合った時だけ、楽しむ関係。 その関係を何と言うのか。 キレイな言葉で言えば、大人の関係。 軽い言葉で言えば、セフレ。 そんな所でしかなく、付き合ってるワケじゃない。 「付き合ってねぇよ」 「そうかよ」 苛立たしげに、獄寺は煙草に火を点けた。 「珍しいな」 「何が?」 苛々と煙を吐き出しながら、獄寺が問う。 「ヒバリのこと、訊いてくるなんて」 「見たんだよ」 「何を?」 「ホテルから男と出てくるの」 そんなことを聞いても、そうか、と思うだけ。 胸に走る言いようのない想いは、いつも気づかないふり。 「今更、だろ?」 獄寺も知っている。 ヒバリに他の相手が、何人もいることを。 「今更だけど、いい加減、目に余るんだよ」 「…そうか」 「そうか、って、テメェはそれしか言えねぇのかよ」 胸倉を掴む手が、怒りに震えている。 それでも俺は、 そうか、以外には言える言葉がなくって、ただ苦笑するばかり。 「お前のそういうトコ、ムカつく」 諦めたように手を放される。 「…そうか」 「…もういい。黙れよ」 俯いた獄寺はそのまま黙り込んでしまって、何もできない俺はただ上から見下ろす。 「…お前は、手に入るだろ」 俺と違って、と呟かれた言葉が痛々しい。 ツナは、獄寺の視線に気づかない。 いつまで経っても、笹川しか見ていない。 その視線の意味を俺は勿論、獄寺自身も、 どんな感情で見ているかも解ってねぇんだろうけど。 それでも、どう足掻いても、気づかないツナの一番にはなれない。 でも、俺とヒバリの場合は少し違う。 相手は、視界に入っている。 けれど、それだけで、一番になるかは解らない。 だから、どうなるかなんて解らない。 「…解らねぇよ」 「…あのヒバリが、触れることを許してんだろ?」 俯いた頭が、少しだけ揺れた。 「バーカ。 他にも許してんだろうが。 お前も、見てきたんだろ?」 別に、今日見たのが初めてでもないだろうに。 「…でも、お前は特別なんだろ?」 だったらいいのにな、と答えそうになった言葉を飲み込んだ。 「今日、暇?」 ヒバリの部屋の前で座り込んだまま、持って来たワインを掲げ上げた。 「それ置いて、帰ってくれない?」 酷く嫌そうな顔で、睨まれる。 「これ、高かったんだぜ?」 日本円にして、数十万。 「だから、置いて帰ってって言ってるんだけど」 「プレゼントにはご褒美を、って言わない?」 「言わない。 見返りが欲しいなら、他を当たれば?」 酷いね、ヒバリちゃん。 他に行ったところで、意味なんてないって知ってるくせに。 「他にやるくらいなら、自分で飲むさ」 「ワインなんて、嫌いなくせに?」 そこで、やっと見せられた笑み。 可愛く笑うなんてことは勿論なく、口の端を上げるだけ。 それでも嬉しくなるのを、惚れた弱みと言うのだろうか。 ある意味、今更で、 だけど、10年経ってやっと、そんな本心をこんなことで認めた。 でも、そこにある想いは、 喜びだとか嬉しさだとか、そんな明るいモノではなく、 ただ疲れ果てたような想いに近かった。 それを振り切るように、 飲もうぜ、ともう一度ワインを軽く掲げれば、黙って鍵を開けられた。 「言っておくけど、君の分はないから」 そう言って、自分の分だけワイングラスを持ってきて飲み始めたヒバリ。 ワインなんて好きじゃないからいいんだけど、せめて水でも出して欲しい。 けれど、それを言ったところで、帰れば、と言われるのがオチ。 だから勝手に、以前来た時に置きっぱなしにしていたウィスキーを取り出した。 そんなことをしても、ヒバリは何も言わないし気にしない。 ぼんやりと、他の相手に対してもそうだろうか、と思った。 「で、何? 連絡もせずに来るなんて」 その言葉に、自分との関係を思い知らされる。 都合と気分が合わない限り、会う理由などない関係。 それでも、非難がましい目とは裏腹に口調が柔らかいのは、 差し出したワインが案外気に入ったからか。 今なら、訊けるかもしれない。 「なぁ、今日一緒にいた男って誰?」 「そんなことを訊きに来たの?」 何の変化も見せることなく、ただ冷静な声で返された。 「ま、そうだな」 「それを訊いたところで、君に関係があるの?」 関係はない、と言えるかもしれない。 けれど、ただの興味、と言うレベルはとうに過ぎた。 「あるんだな、これが」 そう言って笑っても、 ヒバリは、何が?、とは訊かない。 ただじっと俺を見た後、帰って、と言った。 「何で?」 何となくそう言われる気がしてた俺は、静かにその目を見返す。 真っ黒な目は、今は何も映し出さない。 「解らないの?」 「解らねぇよ」 「そう。 だったら、最悪。 解らなくてもいいから、帰ってよ」 それ持って帰っていいから、とウィスキーに目がやられる。 「持って帰っていいって、俺が持って来たヤツだろ?」 「だから、言ってるんだよ」 言われて、初めて気づく。 この部屋に置いてある私物は、ただひとつ、これだけ。 「もう来るな、ってこと?」 もう会わないつもりか、と訊けば、言葉はくれずにただ頷かれる。 「これは餞別に貰うから置いてっていいよ」 まだ半分は残っているワインを指差しすヒバリ。 ここで薄っすらと笑みでも乗せそうなのに、それさえもせずに静かに俺を見る。 感じる違和感。 けれど、何が、とは言えないほど些細なこと。 「なぁ、ヒバリの一番って誰だった?」 即、下らない、と切り捨てられるはずの問いは、 何故か暫くの間を持って返された。 「…誰も」 返された答えがどこか哀しいと思うのは、 自分に対してか、ヒバリに対してか。 誰かを挙げられるなら、小僧の名を言われる気がした。 初めて、ヒバリが興味を持った人間。 それなのに、その名は挙がらず。 それ以上の人間なんて、想像すらもできなくって、 敗北感と言うより、遣る瀬無い気持ちにさせられた。 「俺のこと、少しは好きだった?」 最後にするつもりなどないくせに、もう二度と会わない気持ちで訊いた。 「バカじゃない」 それは迷うことなく、切り捨てられてしまったけれど。 「そっか。 俺は、好きだったけどな」 いや、違うか。 好きだと認めたばかり。 「嘘吐き」 「え?」 静かな目が、少しだけ揺らいだ。 それに気がとられ、ヒバリの言葉が耳をすべるだけになる。 「君の博愛精神には、恐れ入るね」 「何?」 「君の好きって何? 僕も訊くけどね、君の一番って誰だったのさ」 未だ揺らぐ目に気をとられたまま、ぼんやり考える。 誰だった、と訊かれたら、誰も、と答えるしかなく、 その答えを当然だと思っていたらしいヒバリは、傷つくような顔すらせずただ笑った。 「好きでも、一番じゃないんだろ。 そんな君に僕が誰といようが、誰と寝ようが、関係ないじゃないか」 最もな言葉を、ヒバリが言った。 でもそれは、昨日までのこと。 「今の一番は、ヒバリなんだけど」 急に捲くし立てるように話し出したヒバリについていけず、ぼんやりとした頭のままで答える。 「そう言うことは、喜ぶ相手に言ってあげなよ。 僕は、嘘が嫌いなんだ。 だから、二度と口にするな。 次はないと思ってよ」 殺気と一緒に垣間見えるのは、必死さ。 何故、とそれは訊いていいのだろうか。 「聞けって。 俺の一番は、ヒバリだ。 それは、今日からだけど…」 「ふざけた人間だとは思ってたけど、ここまでとはね。 いい加減にしないと――」 言いながら振り下ろされるトンファーを掴む。 本気とは言えぬそれを掴むことなど造作もないこと。 それを解っているはずのヒバリなのに、らしくもなく舌打ちをする。 「なぁ、止めようぜ」 「何を」 見上げる視線は、変らず殺気が込められたまま。 「嘘を」 「嘘を吐いてるのは、君だけだろ。 僕は、嘘なんて吐いてない。 止めると言うなら、君の嘘だけだ」 「なら、何で怒ってんだ?」 笑って、じゃあね、って言えばいいだけじゃねぇか。 いつもみたいに口の端だけ上げて笑って、一切を遮断するように。 なのに怒ってるってことは、拘ってるってことだろ? 「…君が、あまりにも下らない嘘を言うからだろ?」 睨み上げる目が逸らされた。 「嘘じゃねぇんだけど。 ヒバリをさー、独り占めしたい。 他の人間に触れさせたくない。 そんな気持ちを何ていうか知ってるか?」 問う内容があまりに情け過ぎて、浮かぶ自嘲。 「…くだらない」 「ヒバリは、俺に対してそういう気持ちにならない?」 細い顎を持ち上げても、視線は逸らされたまま。 「…なるワケなんてないよ」 弱々しいとも取れるほどに、呟かれた言葉は小さかった。 「じゃあ、なってくれよ」 他のことなら兎も角、 ヒバリはこういうことは、能動的に動いてくれない。 ただ頑なに意地を張って、なかったことにされるだけ。 それなら、強制的にでも受け入れて欲しかった。 強く反論しないってことは、流されたいってことと変らない。 「なぁ、ヒバリ」 流されろ、と思いを込めて呼べば、 逸らされていた目とやっと視線が合う。 そこにはもう殺気はなく、ただ真っ黒な目があるだけ。 「ヒバリ」 黒い目が、じっと見上げてくる。 静かに、けれど、見定めるように。 「…すよ」 僅かに口を開き告げられた言葉は、酷く小さく聞き取れない。 「何?」 「殺すよ」 静かな目で、声で、告げられた言葉は、 あまりにもヒバリらしいモノで、 緊迫していた空気は遠のき、ただ笑いが込上げてくる。 それを隠すように、 ヒバリの顎にかけていた手を外し、首にまわし抱きついた。 込上げる笑いを抑えきれず、震える俺の肩と腕。 それをヒバリは微動だにせず受け止め、ピンと伸びた姿勢のままに繰り返す。 ――僕が一番じゃなくなった時、殺すよ。 どんな顔で言ってるかなんて、見なくても解ること。 きっと静かな無表情とも言える顔で、言っている。 自分の気持ちを素直に認めることも、口に出すこともなく、 ただ俺に押し切られたという形で受け止める。 だから、ヒバリの態度はきっと変らない。 俺みたいに、執着も独占欲も絶対に外には出さない。 それでも、俺の一番がヒバリではなくなった時、 ヒバリは迷わず、俺を殺すだろう。 それは最期の最期で見せられる、ヒバリの俺に対する執着と独占欲。 それを見たくないと言ったら嘘になるけれど、 俺の一番はこの先一生変らないと言い切れる自信があるから、 残念ながらそれを見る機会はない。 お前とアイツって何?、 と、訊いてきた獄寺の言葉を思い出した。 答えるとすれば、今もあの時も関係性は変らないのかもしれない。 それでも、そこにある想いが変るのなら、 世間一般で言う関係性も、恋人というカタチもいらない。 この抱きしめた存在を、 もう誰一人として触れないと言うのなら、何でもよかった。
06.08.06〜08.11 ← Back のん。さま、いろいろリクにそえなくってごめんなさい! それでも受け取っていただけると、嬉しいです。