来いよ、と言った男の後を付いて行く。

男は手を繋ぐわけでも、隣を歩くわけでもなく、僕の前を歩いた。
それでも歩調は大人にすれば遅めの、けれど5歳の僕にとっては僅かに早い速度で。







Family Play.

「此処」 そう言って、男は振り返った。 男が僕を振り返ったのは、二度目。 一度目は、改札を通る時。 それ以外は、電車に乗るときでさえ振り返りもせず声もかけてこなかった。 やっと振り返ったのは、ここが終着地点だから。 けれど、ここに来てやっと僕は現実を思い知る。 目の前にあるのは、どう見ても新築のファミリー向けマンション。 何歳かは知らないし、 学生なのか社会人なのかも知らないが、 二十歳前後の男が一人で住むにはふさわしくない。 この男には、興味がある。 けれど、この男の家族になんて興味はない。 どんな感情で僕を迎えるのか知らないが、 男の家族が向けてくる同情も厄介者扱いも、冗談じゃない。 そんな煩わしい感情は、いらない。 義務だとか、仕事だとか割り切ってくれる施設に行ったほうがマシだ。 「帰――…」 帰る、と言おうと口を開ければ、男が笑った。 「遠慮しなくていいぜ?  俺、ひとり暮らしだから」 にやり、と何処か楽しそうに笑う反面、 隠された別の感情が見えた気がしたけれど、 そんなことは僕には関係なく、ただ一人暮らしだということに安堵する。 「…解りやすいな」 くしゃり、と男が笑って僕の頭を撫でた。 「…そんなこと初めて言われたよ」 何時だって言われる言葉は、何を考えているのか解らない、だった。 同年代の子どもとは、違うと知っていた。 何をやってもそこそこ以上にできてしまい、 神童だと言われ賞賛される反面、遠巻きに得体の知れないモノでも見る目で見られた。 「そっか?  俺は、結構、解るけどな。  まぁ、子どもと接する機会ないから、  どの程度が普通って言うのか知らねぇけど、俺はお前くらいがいいよ。  あぁ、違うか。  お前じゃなきゃ、引き取らなかった。  素知らぬ顔で、確実にあの場から去ってたな」 笑いながらも、ある意味、人間性を疑うような、 けれど、本心であろう言葉を男は吐き出す。 子どもに聞かせる話ではないことを、この男は平気でする。 それも、笑って。 その笑顔に騙され、内容は禄に聞いてない人間ばかりでもあるまいに。 「訊いていい?」 笑う男に、口を開く。 「何?」 浮かぶのは、何時だって笑み。 その下には、何があるのか。 「あなたは、何?」 僕の血縁者? 学生?それとも、社会人? 笑顔と言う仮面を付けるに至った理由は? その下にある感情は? 訊きたいことはどれもで、 結局、うまく訊くことができず、訊けたのはすべてを含めたそれ。 そして、それに対して男は――… だから、お前はいいね、と、 意味の解らぬ言葉を吐き出して、笑った。
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