「久しぶりなヤツに会った」

そう言って、小僧が笑った。





Egoist.





「昔の女にでも会ったのかよ。
 だったら、今のヤツいらねぇだろ?
 俺にくれねぇ?」

笑って返しながらも、本気だった。
小僧がニヤリと笑う。

「何言ってやがる。
 先に捨てたのはお前だろ?
 もっと言えば、選んだのはアイツだけどな」

痛いところを突いてくる。


「…昔、誓ったんだけどな」

小さく呟けば、何が、と返された。

「何でもねぇよ。
 で、誰に会ったんだよ」

「お前が、会いたいヤツ」

「この前、仕事で会ったよ」

会いたい人間など、ただひとり。

今までなら会えば言葉はなくとも、視線はくれていた。
黒い目が僅かな時間とは言え、俺を捉えてくれている時間はあった。

それなのにこの前は、視線すら合わせてくれなかった。
もうどんなに足掻いても、無理なのかもしれないと思い知らされた。



「同じだけど、違うヤツだ」

意味が解らなくて、視線で問えば馬鹿にしたように笑われた。

「お前が、誓いを立てたヤツ」

「聞こえてんじゃねーか。
 つーか、だから、会ったって言って…」

って、違うのか?
今のアイツじゃないってことか?

「ランボのバズーカ?」

答えの代わりに、小僧は口の端だけで笑った。











どんな状況で?
なんて、訊けなかった。

仕事で組むこともなければ、ヒバリは会議に出ることなんてない。
そんなヒバリが小僧と一緒にいる状況なんて、ひとつしかない。


最悪だ。


思い出すのは、10年前の馬鹿みたいに立てた誓いを繰り返す俺。
それを同じだけ拒むヒバリ。

破ることなどない、と思っていた。
それでも破られた…破ってしまった誓い。

それを知ったヒバリは、どう思っただろう。



だから言ったろ、とでも言って笑うのだろうか、
それとも――傷つくだろうか。



…傷つかないワケないだろ。
ヒバリは拒みながらも、俺の言葉を信じてた。
それを、解っていたのに。











「ヒバリ、どうした?」

「俺を殺そうとしたな」

楽しそうに笑う小僧。

「…いつ?」

「気づく前」

簡潔に問えば、同じだけ簡潔な答えが返ってくる。

「殺さなかったんだ」

「何、お前?
 殺してほしかったってか?
 殺されるワケねぇだろ、俺が。
 それに、殺せなかったんじゃねぇの?」

俺が愛しくって、と心底楽しそうに笑われる。

「かもな」

力なく、呟いた。

そうかもしれない。
本当は、解放されたかったのかもしれない。
誓いは、ヒバリにとって重荷だったのかもしれない。






「…信じるなよ」

苦笑に似た顔で言われた。

「あ?」

「血の気引いた顔してたよ。
 もちろん、俺を…というか人を殺ろうとしてたからじゃない。
 そう言う意味でなら、アイツは無表情だったからな」

お前に裏切られたと思ったからだろ、と頑是無い子どもに教えるかのように呟かれた。

「…だといいんだけどな」

「アイツは、消したかったんだろうよ」

小僧は、ゆっくりと煙草を加え火をつける。
希望に似た小さな灯りが、一瞬で静かに消えた。


「こんな未来ならいらない、とでも思ったんだろ。
 入れ替わりに戻ってくる自分のことなんか考えもせずにな」

「…信じていいのかよ」

その話をという意味は勿論、
今ヒバリと関係が深い相手がそういうことを言っていいのかという意味を込めて訊いた。

「だって、アイツ俺に心許してねぇもん。
 そんなの一緒にいても詰まらねぇだけだろ?
 態々、アイツのために時間割くのもそろそろ勿体ねぇしな」

お前に返してやるよ、と笑う。





「それ、いつ?」

「1週間前」

「そっか…」

だからか。
だから、あの時視線もくれなかったのか。

希望を持っていいんだろうか。
そう思いながらも動けないでいると、また小僧が煙草に火をつける。

小さな灯りが灯る。
それは、すぐに消えた。
けれど灯りは煙草に移り、煙となり空に混ざっていった。

ただ消えるだけでなく、変わっていく。
希望も望んだカタチではなくても、諦めなければ消えてなくならないのかもしれない。



いや、そもそも希望になんかに縋ってる場合じゃない。
希望なんかじゃなく、立てたのは誓いだ。

望んでどうにかなるとか、
それが叶うとか叶わないだとか、そんなことは関係ない。






「やっぱ、誓いは守らないとな」

小僧は言葉の代わりに、煙を吐き出す。

「もう手ぇ、出すなよ。
 ヒバリが何て言ってもだからな」

「出すかよ。
 さっさと行けよ」

小僧は、ひらひらと手を振って笑った。







向かう先はヒバリの家。

何を話すとか、
何をしなきゃいけないとか、
考えが纏まらないのに、それでも会って話がしたかった。

もう、今の関係は嫌だった。






06.12.16 Back   Next →