平和主義だった、とは言わないけれど、 それでも好き好んで、人を殴る趣味もなければ斬る趣味もなかった。 Unsatisfactory. 「意外だったな」 音も立てず現れたリボーンが笑った。 言われるまでもなく、自分でも今そう思ってたとこだよ。 「あっけねぇなぁ」 血の惨劇。 そんな言葉が似合う状況。 辺り一面の血と、数人の死体。 刀についた血を振り払えば、またリボーンが笑う。 「お前がな。 普通なら、ビビッてるぜ」 「まー、怖くはなかったけどよ」 ただ、あっけない、と思っただけだ。 人を殺すって、こんなことだっけ? こんなことでいいんだっけ? もっと、こう、良心の呵責とか感じるべきじゃねぇの? 後味悪ィとは思うけど、 それも一時的なモノだと解る程度にしか感じない。 「お前で、正解だったな」 にやりと楽しそうに笑うリボーン。 その意味が、解らなかった。 「山本、何で…」 アジトに戻れば、泣き出しそうなツナが迎えてくれた。 1年経った今でも、ツナがマフィアのボスだなんて信じられねぇけど、 先ほどやってきたことを思えば、そんなもんかとも思える。 「何でって言われても、仕事だからなぁ」 笑って返せば、解らない、という顔をする。 俺は、そんな顔をするツナが解らない。 何のために、俺を誘ったんだか。 仲良くつるむため、とでも言うつもりなんだろうか。 って、ツナだし、それも有り得るか。 らしいっちゃ、らしいやな。 「ま、気にすんなよ。 別に俺、気にしてねぇし」 本当に、気にしてない。 人を殺したことなんて、これっぽっちも気にしてない。 敢えて言うなら、そんな自分がヤバイかな、と思うくらい。 「でも…」 まだ何かを言いたそうなツナに、笑って、またな、と言った。 リボーンが、褒美をくれるらしい。 それを貰いに行くから、話しはまた今度。 「なぁ、何くれんの?」 「お前の欲しいモノ言ってみろよ」 即座に思い浮かんだのは、もう1年も会っていない男の顔。 けれど、気づかぬふりで、他を考えた。 金――は、別に欲しくねぇな。 今までだって十分に貰って、余りまくってる。 第一、使い道がねぇ。 女? まさかー、そんなの一先ず金さえあれば何とかなるっしょ。 まぁ、別に不自由してないし。 あと、人が欲しがるモノって何かあったか? いくら他を考えようとしても、 もう会えない男の顔しか浮かばない。 「早く言えよ」 不敵に笑うリボーン。 俺が何を望んでるのか知っている。 けれど、それを望まないことも知っている。 あぁ、チクショウ。 性格悪ィんだよ、このクソガキが。 「あー、もういらねぇ」 下手に借りを作るのは、得策じゃない。 いや、この場合、褒美だから借りじゃないのか。 でも待て、やっぱ裏ありそうだしな。 かと言って、何もなしってのもな…。 「じゃ、休みくれよ。1週間くらい」 「欲がねぇな」 欲なんて、有り余ってる。 ただ、それ以上に面倒くさいだけだ。 「そうでもねぇけどな」 「そうかよ」 「おぅ。 じゃ、俺しばらく休みってことで」 じゃあな、と扉に向かった途端に、悪魔の一言。 「――アイツ、普通に高校生してるってよ」 足が、止まった。 扉に伸ばそうとした手も、止まった。 心臓さえも、止まった気がした。 アイツが誰かなんて、解りきっている。 先を聞きたいのに、聞くべきではないと知っている。 そんなことをしたら、もう身動きが取れなくなる。 会いたいのに、会えないヒバリ。 フラッシュバックする、拒絶された1年前。 あの時、ヒバリはどんな顔してたっけ? 俺も、どんな顔してたっけ? あぁ、何も思い出せねぇ。 1年が、長いんだか短いんだか解らない。 ただ、過去となったことは確か。 「そうかよ。 ま、俺もあっちにいれば、高校生だしな」 振り返らなかったのは、弱さからか。 それでも、声は普通だったはず。 普通に、あのまま高校生をやっているならいい。 中学ん時と変らず、 孤高の人であったとしても、ヒバリがヒバリならいいと思った。 落とした視線の先の袖口に、赤い斑点が見えた。 この色が、とても似合っていたヒバリだけど、 それは今袖に付いている色とは違う色に思えてならない。 同じ、血の色なのにな。 「ま、休暇くれよ。 1週間、何があっても働かねぇからな」 浮かぶ顔を、 浮かぶ想いを気づかぬふりでやり過ごす。 「そうかよ」 すべてを知ってるかのように背後でリボーンが笑い、 扉が閉じる寸前、言葉を発した。 バタン、と無駄に大きい音を立てて閉まった扉を振り返る。 今、何て言った? ――武器、仕込んでないってよ。 それはどう考えても信じられない言葉で、想像も出来ない言葉。 どうにも動けないまま、 ずるずると扉を背に座り込んでも、答えが出るはずなどない。 仰ぎ見た窓の外、 馬鹿みたいに澄んだ青い空が広がっていて、やり切れなさが溢れた。 ヒバリ。 お前、何やってんだよ。
06.05.14〜05.15 ← Back