「何の用だよ」

不機嫌を隠そうともせず、獄寺が言った。





Situation.





「状況を教えて」

「あぁ?」

ベッドの上で上体を起こすのみでの対応という礼の欠いた態度と、
その唐突さに眉間に深く皺が寄せられる。
それでも手出しをする素振りがないのは、多少は大人になったからだろうか。

「状況を知りたいって言ってるんだよ」

重ねて問うても、理解ができないらしい。
ボスの右腕を自称しているのなら、もっと察しがよくなければならないだろうに。

「僕の置かれてる状況」

「っお前、何を…」

改めて問い直せば、
やっと理解したらしいけれど、答えはまだ貰えない。

欲しいのは質問ではなく、答えのみ。



『僕の置かれてる状況を教えて』

ネイティブとまではいかなくとも、
日常会話には差しさわりがないと教授も認めたイタリア語。

大学で学んだワケでも、教室に通ったワケでもないから、
きっと、誰も僕がイタリア語を話せることなんて知らない。

だから、男も油断していたんだ。
でも、生憎と、僕は多少ならイタリア語は理解できる。

「…話せるのか」

諦めたように、獄寺が呟く。
それに頷けば、そうか、と小さくため息が吐かれた。



「アイツが言うはずねぇもんな。
 大方、アイツが部下と口論してるのでも聞いたか…。
 で、何処まで知ってる?」

「僕に、何らかの手紙が来ていること。
 それに、山本が僕を関わらせないようにしていること。
 ねぇ、当事者に秘密でコトを進める気?」

「……知らねぇほうがいいこともある」

だから訊くな、とでも言いたいのだろうか。

「でも、僕は知りたい」

自分の状況くらい知っておきたい。

引く気なんてないことを悟ったのか、
諦めたかのように獄寺はため息を吐き出した。












「…ボンゴレと揃って二強だと言われてるマフィアのボスが、お前を望んでいる。
 対立してはいないが、同盟は結んでいない。
 それに今、向こうは勢いだけはある」

だから、強く断れないってワケか。

「…そう。
 だったら、引き渡せばいい」

それで済むなら、何も迷うことなどないのだ。

「…っお前、何を言ってる?」

何を焦ることがあるのか。

「僕が行けば、向こうは気が済むんだろ?
 高々、僕ひとりのためにコトを起こしてもムダだよ。
 それに、どうせ此処にいるか向こうに行くか、それだけの違いだよ」

「お前は、知らないからっ」

だからそんなことが言えるのだ、と言ったところでどうなる。
知りようがないのだし、知ったところで何ひとつ変わらないのだ。



「ただ単に、アジアの美が今気に入ってるだけの男なんだぞ。
 飽きたらどうされるのか解ってるのか?
 殺されるだけならまだいい。
 下手すれば、剥製にされちまうかもしれないんだぞ」

それくらいの変態なのだと、今にも掴み掛からんばかりの勢い。
けれど――

「君には関係ない。
 それどころか、僕の身一つで解決するならそれでいいじゃないか」

それも、獄寺は昔から僕を嫌っている。
こんな状況も考えたからこそ、頼んだのに。

昔よく知っていた甘さも、
流石にこの世界に浸れば薄らいだと思ったのに予測は甘かったらしい。


本当に、なんて甘いのか。
こんな甘さでボスの片腕など務まるのか、と思うけれど、
殺伐とした世界の中でこそ、こんな甘さを求めるのかもしれない。










「聞いてたのかよ、剥製だぞ!?
 そんな気色悪いこと、お前は許すのかっ」

許す、許さないもない。
死後のことなどどうでもいい。

もっと言えば、
最近、視覚の異常だけでなく痛みにすら鈍くなっている。

だったら、もうどうでもいいのだ。



男に養われてきたことに感慨など浮かばないけれど、
何もせずに数ヶ月間滞在していた礼だと思えば、
貸し借りなしでスッキリするというものだ。

けれど、
獄寺以上にあの男は甘いから、こんな僕の意見を聞きはしない。

少年は聞いてくれるかもしれないけれど、
それ以上に、僕とコンタクトを取ることをしないと思うから、
もう獄寺しか残されていない。




「いいよ。
 何ひとつ問題なんてない」

細かい問題はあったとしても、大きな問題は何もない。
まっすぐと目を見て言い切れば、獄寺はやり切れなさにテーブルを殴りつけた。

花瓶が倒れ、花は散らばり水が広がる。
男が帰るまでに何とかしなければと思いながらも、花瓶が割れていないことに安堵した。

不信感を持てば、二度と獄寺は来られない。
そうなれば、僕がここから出て行くことは難しくなる。










「…俺、アンタが嫌いだ」

小さく呟かれた言葉。
知ってる、と口を開こうとして閉じた。

言えば、協力せずに押し殺された怒りのまま出て行かれそうだった。

「後悔しないのか」

「あぁ」

頷けば、再び絡む視線。

「本当に?」

何度確認されようと、意思は固く答えは変わらない。



「…アイツのこと、どう思ってるんだ」

意思は、変わらない。
けれど一瞬、ほんの一瞬だけ揺らぎ止まる思考。

その問いに関する答えが、浮かばない。
そんな僕に、獄寺は何故か哀れんだ視線を向けた。

「後悔しないのか」

それでも繰り返された言葉に対する答えは変わることはなく、
揺らぐ意思を振り切って同じ言葉を繰り返す。

その問いだけは、何度聞かれようと答えは同じだから。




また連絡する、そう言って獄寺は部屋を出て行った。

また、がいつをさすのか知らないが、
それでも、早く、と願ってしまうのは、
答えられなかった問いを考えたくなかったからだろうか。






08.07.28 Back