嫌な予感はしたんだ。

ツナの隠し切れない苦虫を噛み潰した顔とか、
その隣で同じように、今にでも舌打ちしそうな小僧の様子とか。

そして何よりも、ふたりが連れてきた男を見た瞬間に。





Doll.

「…山本、この人が話をしたいって」 ボスから部下へと言うにはくだけた言葉は、男に解らせないようにか、日本語だった。 ごめん、とでも言いたいような顔をするツナに、同じように日本語で答えた。 「俺に話があるんだろ?  ふたりきりでいいから、お前らは他の相手してろよ」 今いるこの場は、パーティ会場。 興味がない俺は何の名目で開かれているのかは知らないが、 それでもファミリーの幹部である以上、出席を拒めないといった大きなモノであることくらいは解っている。 重要性がそれほど高くないと言うのなら、こんな場にはいない。 ただでさえ、少ないヒバリとの時間を減らしたくないから。 それに、こんな場だと、 この男に会う可能性と、その後になされるだろう会話が想像できて避けたかった。 けれど、もう捕まってしまったのなら最後。 想像が現実になるだけだ。 「素晴らしいドールを持っているんだってね?」 ニッコリと笑う男が挨拶もなしに言い放ったのは、予想と違わぬ言葉。 解っていたとは言え、 それでも舌打ちしそうになるのを押し留め、同じように笑って答える。 こんなことで、引くとは思っていないけれど。 「何のことでしょう?  俺には人形遊びの趣味なんてないですよ?」 同じようにニッコリと笑って答える。 いかにも紳士と言った雰囲気の中で、ギラリと光った目が同じ世界を生きる者だと知らしめる。 それもタチの悪いことに、 ボンゴレと揃って二強だと言われるほどの巨大マフィアのボス。 同盟こそ結んでないものの、友好関係あることは間違いない。 今更互いがぶつかったところで、得をするのは共倒れを望む格下の組織だけ。 それを解っているから、腹の探りあいをしながらも見せ掛けだけの友好関係を気づいている。 「そうかね。  では、言い方を変えよう。  素敵な黒髪の少年が君のところにいるそうだね?」 言い逃れはできない、とでも言うように男は笑みを深める。 「えぇ、居ますよ。  人形ではなく、客人ですが」 殺してやりたい、と思いながらも、苦笑で答えた。 「とてもキレイなんだってね」 好色そうに、男の目が光る。 吐き気がした。 美しいモノが好きだ、と言って憚らない男。 それがモノも人も性別さえも関係なく、ただ美しいモノに囲まれていたいらしい。 中でも今は、アジアの美が男のお気に入りだと言う。 それを聞いて、いつかこんな日が来るとは思っていた。 だから、この男がアジアの美ではなく、 せめて他の美へと目を向けるまでと、最新の注意を払ってヒバリを隠してきた。 けれど、その努力は報われなかったらしい。 一体、いつこの男はヒバリの存在を知ったのか。 「キレイって、男ですよ?」 言っても無駄だと解っていても、そんな言葉を吐き出した。 「美しいモノは、性別さえも関係ないよ。  君、そんなことも解らないのかね」 これだから有色人種はと、呆れる嘆きの言葉を男が呟いた。 そんな有色人種のヒバリを欲しい、と思っているくせに。 愚かな男は、ワケの解らぬ美学を披露し始める。 それに相槌を適当に打ちながら、家に残してきたヒバリを思う。 男に言われるまでもなく、ヒバリはキレイだ。 高潔、という言葉がよく似合うほどに。 例えどんな屈辱を味わおうと、あのヒバリの強さと言う美しさは消えない。 そう思っていたのだけれど、 あの強さを映し出すキレイな目が光を取り戻すことがあるのだろうか。 今は強さよりも儚さが際立って、痛々しくなる。 けれど、それさえもヒバリの美しさと言える哀しさ。 無理矢理に連れてきたことは、間違いだったのかもしれない。 そう思うことは、何度もある。 それでも、もう手放せないのは事実。 「君、聞いているのかね」 のらりくらりとかわす相槌に、男は苛立った声をあげた。 それに謝れば、横柄な態度で、解ればいい、とのたまった。 紳士の面の皮は、下らぬ美学を語るうちに剥ぎ取ったらしい。 それでも、コホンと咳払いひとつで、雰囲気を変える。 マフィアのボスの顔となる。 威圧感に気おされることなどないが、 それでも立場は自分のほうが低いことなど嫌でも解っている。 対峙するギラついた目に、自分が映る。 対照的と言ってもいいほどに、間抜けなツラだ。 「彼をくれないか?」 言い値を出すよ、とのたまうその口に、 弾丸を喰らわせなかった自分を褒めてやりたい。 そう言いたいところだが、湧くと信じて疑わなかった怒りは湧かなかった。 相変わらず、 向かい合った男のギラついた目の中に、生気のない間抜けヅラの自分がいた。 それでも自分の中で、何かが壊れる小さな音が聴こえた気がした。
07.11.20 Back