「ちょうだい」 それ、と指をさして男に言った。 Cigarette. 「あぁ、悪ィ。腹減ったか?」 考え事をしてたのか、男は検討違いな言葉を発した。 「ちょうだいって言ったんだけど?」 「…煙草だぜ?」 これ?、と指に挟んだ煙草を揺らす男。 見れば解る。 その紫煙を見て、煙草以外に何を思えと言うのか。 「…嫌いだったろ? 昔…中学ん時、 煙草吸ってたヤツをボコボコにしてたじゃねぇか」 「昔とは違う、って何度言えば解るの?」 そう言うと、そうだな、と男は何処か遠い目をした。 煙草が嫌いだった僕。 野球馬鹿で、煙草を吸う予定もなかった男。 たかが3年で、変わったふたり。 「ちょうだい」 もう一度、言った。 「やらない」 もう終わったから、と灰皿に押し付け男は笑う。 「まだ、あるでしょ?」 「…ヒバリは吸わなくていい」 吸う必要なんてない、と言う。 吸う必要って何? 滅多に、煙草を吸わない男。 匂いを付けて帰ることも珍しく、家で煙草を吸うなんてこれが初めて。 ねぇ、吸う必要って何? 「…そんな顔するなよ」 苦笑しながら、男は手招きをする。 大人しく男に近寄れば、抱きしめられた。 抵抗しない僕に、男は苦しそうな顔をする。 そんな顔など見ていたくなくて、僕は男の服に顔を埋める。 きっと男は今、先ほどよりも苦しそうな顔をしている。 埋めた男の服から、苦い煙草の匂いがした。 だから僕も今、男と同じ苦しそうな顔をしている。
07.01.31〜05.30 ← Back