笑って、笑って、笑って、 何でもないような、そんな幸せが欲しかった。 Selfish. どうしても頭から離れない映像がある。 もう何年も前になる黒曜戦。 その時は解っていなかったけど、 今思えば、歳は変わらないとは言え初めてのマフィアとの戦い。 俺たちが乗り込む前に、ヒバリがひとりで乗り込んだ。 その時に敵の鳥が記憶した映像を、イタリアに来てすぐ小僧からもらった。 敵を血塗れに倒し、不敵に舌なめずりするヒバリ。 心底楽しそうに、返り血を浴びて笑っていた。 それなのに、今はもう笑わない。 あんな状況でもいいから、笑うヒバリが見たかった。 静かに笑うだけだとか、口元を歪めるだけだとかそんなんじゃなく。 あぁ、違うか。 あの目が、見たかった。 ちゃんと生きてると思える、あの強い目を持つヒバリに会いたかった。 「何が言いたいの?」 問うヒバリの目は静かなモノで、 再会して以来ずっとそんな目しか見ていない。 「何も」 「…だったら、見ないでよ」 そう言って、窓へと顔を向ける。 何をどうしたら、あの目に会えるだろうか。 また、あの時みたいな状況を作り出せばいいのだろうか。 ――もう、戦えもしないのに? 「…トンファー欲しくねぇ?」 考える間もなく訊いてしまったのは、あの目が見たかったから。 でも、望んだ答えは何だったのだろう。 「…僕が言ったこと忘れた?」 「…忘れてねぇよ」 一緒にイタリアに来てくれと言った時、 ヒバリは、もう戦えないし、戦うつもりもない、と言った。 それでもいいからと、無理矢理連れてきたのは俺。 「戦って欲しいの?」 振り返り、光の宿らない目が俺を見る。 「…解んねぇ」 本当に、解らなかった。 精気に満ちたあの目に会いたいのは事実。 でもあの時とは、状況が違う。 もう、何も知らなかった中学生じゃない。 ただ敵を血塗れに倒し痛めつけるだけではダメだ。 確実に息の根を止めなきゃいけない。 俺は、それをヒバリに望めない。 「…生きててくれたらいいよ」 そう思うしかなかった。 あの目は諦める。 ちゃんと生きてるとは言えないかもしれないけど、 それでも、俺の隣で生きていてくれたらもう何も望まない。 「…嘘吐き」 静かに、ヒバリが言い放つ。 「…そうだな」 それが本当の望みなんかじゃない。 でも、すべてが嘘でもない。 呟けば、ヒバリはじっと俺の真意を測るかのように俺を見つめてきた。 「でも、嘘だけじゃねぇよ」 生きて隣にいてくれたら、もう何も望まない。 他は、自分でさえ望んでいるのか望んでいないのか解らない。 あの目に会いたい。 でも、ヒバリに誰かを殺してほしくない。 散々人を殺してきた俺が言えたことじゃねぇけど、それはどうしようもない本音。 誰かを傷つけるのも、痛めつけるのも構わない。 けれど、殺すのはダメだ。 戻るつもりはないとは言え、 戻れない所に来てしまった俺の聖域だと言えば、ヒバリは笑うだろうか。 「隣で生きててくれたらいい。 他は、もう何も望まない」 呟いた声はどこまでも硬く、 ヒバリは何も言わず、俺を見ていた。 黒く静かな目だった。 もう二度と、あの目に会えない。 もう二度と、ヒバリは生きた表情を見せない。 でも、ヒバリが人を殺すよりずっといい。 「ごめんな」 これは俺の我侭でしかないと解っていて、 ヒバリが俺のこんな勝手な気持ちに気づいてないと知っていて、 それでも、卑怯にも逃げるように謝った。 「…あの時、勝手にすればいい、と僕は言った」 静かに答えたヒバリは、俺をもう見ていなかった。 窓を見る横顔から、感情をうかがわせない静かな目が見えた。 けれどその目を見て、 許してもらったと思ってしまったのは、勝手な思い違いだろうか。 いつだって俺は、ヒバリに許されている気がする。 無理矢理イタリアに連れてきたことも、 俺の隣にいてくれてることも、そして今も――… 「…ごめんな」 それしか、言葉が見つからない。 俺は、何もヒバリに返せない。 こんな言葉など欲しくないだろうけど、これしか言える言葉を知らない。 答えてくれないヒバリにもう一度、ごめん、と呟いた。 笑って、笑って、笑って、 何でもないような、そんな幸せが欲しかった。 あの目をヒバリが取り戻したとしても、笑っているのは隣にいる俺だけかも知れない。 ヒバリはあの頃のように不機嫌そうな顔をしてるだけかも知れない。 それでも、ちゃんと自分の意思で生きているだろうヒバリの隣に立ち、 俺は馬鹿みたいに大口開けて笑ってるような幸せが欲しかった。 けれど、俺の身勝手な我侭が邪魔をする。 誰も、殺して欲しくないんだ。 そのためだったら、もう何も望まない。
06.09.18〜07.02.03 ← Back