空が、青かった。 ただそれだけのことなのに、見入った。 西の空が赤と濃紺のコントラストに変わるまで。 宵闇 「楽しい?」 振り返れば、男がいた。 笑って連れの友人たちに別れを告げ、土手に座り込んだ僕の隣に立つ。 部活帰りなのか重そうなバッグを持っているけど、その重さを感じさせない。 「楽しいですか、って訊いてんですけど、センパイ」 これ見よがしにセンパイと言う男を無視する。 ほんの僅かの間目を逸らしただけだというのに、空の色合いは変わっていた。 諦めたのか隣に立つ男は深くため息を吐き出した。 そのまま帰ればいいものを、何故か僕の隣に座り込む。 それから、何も言わずに空を見上げる。 赤が消え、濃紺だけになり、 それもやがて消え、最後には星が瞬く夜が来た。 「帰らないんですかー?」 黙っていた男が口を開く。 滅多に口にしない敬語。 それでも間延びした口調。 「…帰ればいい」 帰る家があるのなら、さっさと帰ればいい。 「…帰りたくない、とか?」 遠慮がちに問う言葉は、もう敬語ではなかった。 それには答えない。 立ち上がる男。 「帰ろうぜ」 差し伸ばされた手。 その手をとってどうしろと? 帰り着く先は違う。 「家まで送る」 じっと見つめてくる目は真剣そのもの。 けれど、それだけ。 そんな目を見たところで、心は動かない。 さして色が変わらなくなった空を見ているほうがまだいい。 宵の明星が、キラリと瞬く。 このまま明けの明星が見えるまで、ずっといたいとさえ思う。 「いつか」 男が口を開く。 先ほど見た目と同様に真剣な声。 それでも男の顔なんて見ずに、空だけを見ていた。 けれど、男は言葉を続ける。 「いつか、一緒の所に帰ろう。 まだ無理だからヒバリんちまでしか一緒に行けねぇけど、いつか一緒に家まで帰ろうぜ」 心が揺れたワケじゃない。 でも何故か、男を見てしまった。 真剣な目が、そこにあった。 いつか、なんて日はない、とか、 そんなの子供だましだ、馬鹿にしてるの?、とか、言おうと思えば言えた。 それでも何故か言葉は出てきてはくれなかった。 男を見上げたまま、立ち上がる。 男の差し伸ばした手は取らなかった。 もう一度だけ宵の明星を見て、やっと足を動かす。 男は小さく、いつか絶対に、と呟いて僕の後を追う。 そんな男に僕は振り返り、いつかなんて日絶対には来ない、と笑った。 突然の僕の言葉に男は驚いた顔を見せたが、 俺が絶対って言ったんだから絶対だ、と笑った。 笑いながらも、目だけが真剣だった。 僕はもう、何も言わなかった。
07.01.15 ← Back