「お前ら、南に行って来い」 俺とヒバリを呼び出した小僧が言った。 Retribuzione. 「僕、暑いところ嫌いなんだけど」 ヒバリが、表情も変えず答える。 「何言ってやがる。 お前、寒いのも暑いのもダメじゃねぇか。 まー、今回は行けって。 おもしろいことがあるぜ?」 小僧が、不敵に笑う。 「…ふぅん。 君が言うなら、間違いないね。 じゃ、行くよ」 あっさりと、ヒバリは頷く。 そして、振り返り言い放つ。 「君は、いらない」 小僧に見せていた表情とは違う、冷たい表情で。 「…何で?」 「邪魔だから」 あっさりと、これまた聞きなれた言葉を言い放たれる。 幾度となくふたりだけで組まされて、それと同じだけ聞かされた言葉。 言葉通り邪魔だったのは、最初だけだろう。 今は、昔ほどは足手まといになってはないと思うんだけど。 だから、ここ数年同じ言葉を繰り返す。 「えー、ヒバリいいじゃん。 一緒に行こうぜ。 俺いると便利じゃん。 メシの支度しなくってもいいし」 幾度となく繰り返された言葉に、 それより少しだけ少なく繰り返された表情をした。 「長期なの?」 苦虫を噛み潰したような表情で、小僧に問う。 「当然」 にやり、と小僧が笑った。 ヒバリは、料理をしない。 やろうと思えば、勿論できる。 けれど馴染みのない土地での仕事中は、食べなくていいと判断する。 気に入った店でないと、食事をしないヒバリ。 口に合わないものを食べるくらいなら、何も食べない方がマシだと思うらしい。 まぁ、そういうワケにも行かないから、結局はまずい栄養補助食品で補っているが。 でも、手料理の美味さを知っちまったら、そんなモノばかりを食べていられるワケがない。 更に初めて訪れる、それも仕事の都合上、 滞在期間もまちまちな状況で、気に入りの店を見つける余裕などあるワケがない。 そこで、俺の出番というやつ。 こういう時、料理できる人間でよかったと思う。 それにヒバリの口に合うモノを作れる自分を、褒めてやりたいとさえ思う。 一度だって、美味しい、なんて言葉はくれないけれど、 残さず食べてくれるってことはそれが答えだろう。 「な、連れてけって」 笑顔で言えば、勝手にすれば、と言うだけ言って出て行った。 何年経ってもヒバリは我侭で、 何年経ってもそれを可愛いとしか思えない自分も終わってると思う。 それでも、それがずっと続けばいいとさえ思っている。 「相変わらずだな」 小僧が呆れながらに笑う。 「おぅ。 相変わらず、アイツ可愛いだろう」 胸を張って自慢するように言い放てば、 お前のモノでもないだろう、と笑って一蹴される。 嫌な言葉。 けれど、それが真実。 「いいんだよ。 俺とアイツはそれで」 ずっとこのままの関係がいいと思いながら、 それでももう少し変化があってくれたら、と思うのも事実。 けれど、その先を考えるのが自分らしくもなく怖くもある。 「いいんだよ」 言い聞かせるように繰り返した言葉を、小僧は無視してくれた。 「南で、ゆっくりと休んで来い」 「は?仕事だろ?」 と言いつつ、仕事の内容聞いてねぇな。 ヒバリも後で俺から聞くの嫌だろうに、いつも先に出て行く。 まぁ、後でまた会えるから嬉しいんだけどな。 「有給、と言うの名のな」 にやりと笑う小僧。 「…何で?」 「いい加減、どうにもならないお前ら見るのも飽きたしな。 極寒の地にて、最高級のホテル押さえておいてやるよ。 せいぜい、ご自慢の腕でもふるいな。 「へぇ、いいことやってくれんじゃん」 「だろ? だから、お前どうにかして来いよ」 そう言って放たれたのは、ゴールドカード。 これまた、なんて豪勢な。 「くれんの?」 「お前の稼ぎじゃ、アイツを満足させれないだろ?」 俺の稼ぎを知ってて、それを言うのか。 そして、アイツを知ってて、それを言うのか。 「いらねぇよ」 こんなカードに頼らなくとも、金はある。 そして、バカな女どものようにヒバリはブランド物が欲しいとか言わない。 言ってくれたら、精神性を込めて貢がせてもらうのに。 「嫌がらせだよ」 投げ返されたカードを受け取り、小僧は笑う。 「そうかよ。 ま、有給だけ有難く受け取るぜ。 ――で、期限は?」 「お前が、アイツを落としたら」 「そりゃ、残念。 一日もしねぇうちに終わっちまうな」 だったらいいな、という願望を、 さも当然と言うように言ってのけた。 「そうか? それならいいが、死ぬまで有給中なんてことにならないようにな」 「言ってろよ」 クツクツと意地の悪い笑みを背後で聞きながら、溜息をひとつ。 本当にな。 一生、有給なんてことにならないように頑張らねぇと。 …最悪、殺されて終わりってことも避けねぇとな。 まぁ、アレだ。 ――覚悟しとけよ、ヒバリ。
06.05.14 ← Back