「…死ぬなよ」

握り締めた手が、僅かに握り返される。





Ten years that were waste.





「僕…が、…死ぬ……ワケな…い……だろ?………バ…カ」

笑うなよ。
こんな時に。

笑うなら、もっと前に笑ってくれよ。

何で…、何で今、笑うんだよ。

「ヒバリ、ヒバリ…っ」

バカみたいに叫んでも、もう声は届かない。










「……ヒバリは?」

「意識不明の重体」

ファミリーと深い関係のある病院の薄暗い待合室、
シュボっと音を立てて小さな灯りがともった。

「…吸うなよ、こんな所で」

そう思うのに、変らぬらしさがどこか安堵を呼んだ。

「俺が金出して建てた病院だ。
 文句は言わせねぇ」

「…そうかよ。
 なぁ、ヒバリ助かるのか?」

「さぁな」

いつもと変らぬ態度であるようでいて、
声は硬く、帽子も目深にかぶられている。




「…何で、って訊かねぇのか?」

「訊かねぇよ。
 どうせ、アイツがお前を庇ったんだろ?」

「…有り得ねぇよ」

そんなこと。
お前だって、ヒバリがどんな性格か知ってんだろ?

群れることを嫌うヒバリが、誰かを助けるなんて有り得ない。


「でも、それが事実だろ?」

ふっと、小僧が笑う気配。

「…あぁ」

そんなこと、有り得ないのに。
ヒバリが、俺を、かばった。

「なぁ、何でかな?」

「それ本気で言ってんなら、殺すぜ?
 ヒバリが助けた命だろうと、俺がお前を殺す」

帽子から覗く目が、ギラリと光った。
その視線だけで、息がつまるほどの圧迫感。

でも、今の俺は何も感じなかった。







「アイツ、何も言わねぇんだ。
 俺が何しようと、関係ないって顔ばっかして」

「そうかよ。
 じゃ、死ね」

チャキと軽快な音を立てて、目の前に突き出される拳銃。
それを見ても、何も感じない。

「答えはあるようでない。
 この10年、掴めないままだ」

じっと見上げた小僧の目は、感情を読ませない目。


「…単独行動を好むアイツが、
 誰かと組むのを許したのは、お前だけだったろうが」

「それだけだろ?」

たった、それだけのことだ。
それ以外に、ヒバリは何もくれなかった。

言葉も、態度も、10年間ずっと変らないまま。

「殺す価値もねぇな」

ガンッ、と爆発音と共に、左頬を掠めた痛み。
振り返らなくとも、後ろの壁に風穴が開いてることくらい解る。





「…10年。
 何をやってきたんだろうな」

ヒバリも、俺も。
何も変らないまま無駄に時間だけが過ぎ、
気が付けば、そのままヒバリは死にかけている。

このまま、終わってしまうのだろうか。

後悔と呼ぶほどの強い想いとは違う、喪失感。
それは単に、仲間を失いかけていることから生まれる喪失感とは異なるモノ。


「何だったんだろうな」

10年なんて、決して短くはないのに、
何も変らないでいたのは、逆に互いがそれを維持しようとしていたからに他ならない。

変らない、ということで、何を守ろうとしてきたのか。

こんな状況になっても答えは出ず、
ただ如何にその時間を無駄に過ごしてきたのか思い知らされるだけ。

ヒバリ、と名を呼んでも、
生死を彷徨う相手は、答えをくれない。


「取り戻せばいいだろ?」

深く煙草の煙を吐き出しながら、小僧が言った。
見上げたその表情は、帽子に隠れ伺えない。

「こんなことで、死ぬようなタマじゃねぇだろ」

だから、取り戻せ、と言う強い声が、
何処か自分に言い聞かせているように聞こえた。

それが、怖かった。






神など信じていないくせに、手を祈るように強く握り締めた。

ヒバリが、早く目を覚ますように。
ただ、それだけを願う。


無駄に過ごした10年を取り戻したかった。

こんな時に感じるのが、
後悔とも呼べぬ想いと中途半端な喪失感なんてやりきれなかった。






06.06.01〜08.20 Back